高菜漬と桜のスコーン

やはり丹精込めて手作りされたものの良さは口にした時の満足感が違う。
昨年から富士町で無農薬野菜を栽培されている才津さんの野菜を買っている。脊振に工房がある陶芸家さんの旦那さんだからだ。この陶芸家さんからはたまにヨガを伝授してもらうこともありお世話になっている。そんな気心知れた人から日々の野菜を分けてもらえるのは本当にうれしい。毎回値段だけを決めて定期便のメニューはお任せにしている。おまけで季節のお野菜が入っていると食べるのがよりいっそう楽しみになる。
先月から旦那さんが自家用に作られている高菜の新漬を分けてもらっているがこれが本当に美味しいのである。歯ごたえと塩加減が絶妙なのだ。子どもの頃に祖母が庭で畑から採って来た高菜を塩もみして大きな樽にいくつも漬けていたから高菜には特別な思い入れがあるのだと思う。才津さんの高菜漬は祖母のものよりもきりっとひきしまっており北国の漁師を連想するような味だ。お昼のお弁当に入れて持って行っている。

昨日は、脊振のお菓子屋さん、のがりさん親子が初めて我が家に遊びに来て下さった。娘さんのYちゃんからお誘いを受けたからだ。あきちゃんとYちゃんは保育園の頃からのクラスメイトで小学校でも同じクラスになる。(1組しかないからである。)明朗活発なあきちゃんからするとこのYちゃんがどうも可愛くて仕方のない存在のようだ。自分にはない静かでおっとりとした雰囲気が魅力に感じて不思議と彼女と居る時はあきちゃんまでいつになくしおらしくなるのだ。それがまた可笑しくて愉快なのである。
桜が少し残っている仁比山公園でお弁当を食べた後、我が家でお茶の時間を楽しんだ。のがりさんお手製の桜のスコーンとチョコバナナスコーンはふんわりと優しい味で久しぶりに気持ちがほぐれた。Yちゃんが小麦粉と卵が食べられないので米粉とその他の素材をうまく混ぜ合わせて作られている。
平日も木曜日・金曜日はお店が開いているそうなのでそのうちふらっと行ってみたいものだ。

脊振の人たちの手仕事に刺激を受けて私も久しぶりにマフィンを焼いてみた。リクエストのあったバナナマフィンを。あきちゃんの学童のおやつにいいんじゃないか!

いつもと違う風景

「終点までお願いします。」
7時19分。私はバスの運転手さんに一言伝えて娘を見送った。
最寄りのバス停から終点まで10分ほど。娘はこれから毎日路線バスに揺られて山に上がって行く。私と2年余りを車で通った道。川沿いの狭い1本道。数日前から眼鏡橋の辺りから桜は散っており新緑が息をのむほどに美しい。
彼女にとってバスで通るのは慣れ親しんだ道で馴染みのある風景であろうが、バスの車内に座って眺めるとそれらはまた違って見えるのではないか。いずれにしても一人でバスに乗って脊振まで上がって行くことを心待ちにしていた娘にとっては人生初の大冒険となったにちがいない。一人でちょこんと座って満面の笑みを浮かべながら私に手を振ってくれた。
朝の送迎をバスの運転手さんにお願いできるのは日々の大仕事の負担が軽くなりとても有難いことである。
しかも、子どもがほとんどいない地区にもかかわらずバス停の近くに区長さんの奥さんが見守り隊で毎朝立って下さっている。とても心強い。子どもの成長と共に地域の繋がりをより強く意識するようになってきた。
ああ、それにしても、何かこう一大任務をひとつやり遂げたような達成感があり私はバス停からの帰り道傘をさして空に向かっているようだった。
明日はいよいよ入学式。

読書録:川端康成『山の音』

春の水
いつものように湯舟に浸かりながら読書を楽しむ。
気付けば額から頬へと汗が伝っている。湯温はだいぶ下がっていたが寒さは感じなかった。
昨秋から読み始めた川端康成の『山の音』を読み終えた。しばらく静かに物語の余韻に浸っていたくなった。
寝間着を着て風呂場の窓を開けたら雨の音がしていた。まだ降り始めたばかりなのだろう。
窓から手を出せばすぐのところで雨に届くはずなのにもっとずっと遠くの方から聞こえてくるような控えめな音。辺りの空気を優しく包み込む雨。
窓を開けても寒いとは感じなかった。
水が飲みたい。
夕方に神社で汲んで来た水を湯呑みに注いで喉を潤した。私はとても喉が渇いていた。
ひんやりと新鮮な水が体じゅうに染みわたっていった。
近いのに遠くから聞こえてくるような雨音と山の水が私の中で共鳴し合い一瞬で溶け合った。
水が春を告げていた。

師走の水汲み

保育園の送迎の時間が早くなったことで朝に自由時間を持てるようになった。
レッスン前に1時間ほど。これはとても大きなことだ。以前は夕方に行くことの多かった仁比山神社での水汲みを朝のうちに済ませることが増えてきた。
水汲み参拝者の常連になり二年半ほどが過ぎた。たまには神主さんとも言葉を交わすこともある。
「水の出が少なかでしょ。冬場は雨が少なかけん。」こんなふうにおっしゃった。
夏場と違って水汲み場の水の流れはとてもゆっくりだ。ちょろちょろちょろ。
12リットルのタンクに水が一杯になるのに5分位はかかっているだろう。その間こちらは鷹揚に構えていた方が良い。境内の季節ごとの空気を感じ取り木々の表情を楽しむ気持ちの余裕が必要だ。
時間が無い時には汲みに行かざるべし。
九年庵の一般公開が終わった頃から12月の上旬までドウダンツツジが美しく紅葉し暫くの間楽しむことができた。
今ではすっかり葉が落ちてしまったが、その木々の前を通る度にあの見事な紅葉を思い出す。
数日前に汲みに行った時は神主さんが門松作りをされていた。裏山で伐った竹で毎年手作りされるのだ。
「オール ハンドメイドです。」笑顔を浮かべながら神主さんは話された。
師走の仁比山神社はお正月に向けてひっそりと忙しい。

脊振小へ

先月から親子で始めたことがあります。それは、早起き。
校区外となりますが、申請が通り、来春からあきちゃんが脊振小学校へ行けるようになりました。せふり保育園の同級生たちと一緒に小学校に行きたいという彼女の意向と私自身も脊振という場所に次第に魅かれていったからです。去年はお山に上っていくのもあと1年の辛抱だと毎朝自分に言い聞かせながら保育園の送迎をしていましたが、脊振に一人また一人と家族単位で信頼できる人たちが増えていくにつれ自分の思いは変化していきました。自然豊かな場所とそこに暮らす温かい人たち。彼らの土地に根差した暮らしは手作りで忙しいけれど、黙々と自分のやるべきことに専念している。出会った人たちの持つ静かな拘りと真剣さに惹かれていったのだと思います。
有難いことに最寄りのバス停に停まる昭和バスが1本だけ通学の時間に合わせて出ています。それが7時19分。だからバスの時間に合わせて親子で早起きの練習を始めたというわけです。入学の直前に始めるよりも、前もって時間をかけながら体を慣らしていく。その方が小さなことに目が向けられて朝の時間をスムーズにこなす工夫もできると思っています。あきちゃんは今から一人でバス通学をする日をとても楽しみにしているようです。
小学校への階段を1歩ずつ上っているAutumn 親子の愉快な日々は続きます。

悔し涙とお弁当

明日はやっぱりあきちゃんにお弁当を作ろう。
そう決めた。

夕方のレッスンから実家に戻ると居間が静まり返っていて照明も落としてあった。
ソファにはぐっすりと眠っているあきちゃんの姿が。

母によると私が夕方の家庭教師に出かけて行った後あきちゃんがいつになく元気がなかったのでおでこを触ってみたところとても熱かったという。体温を測ってみると39.7度あったそうだ。
今週と来週は学生さんの振替レッスンが続いており夕方に鳥栖に出ていく日数が多いのだ。明日も夕方のレッスンがあるしこんなに熱が高いので明日は保育園にも行けない。だから今夜はあきちゃんだけ鳥栖で預かってもらうことにした。

帰る前にあきちゃんが起きて珍しく私に抱きついてきた。かわいいなあ。
「ママが絵本を読んであげるよ。」
私がそう言って一緒に寝室に入ると突然あきちゃんが泣き出した。彼女が泣く時はいつもそうするように顔をくしゃくしゃにして大粒の涙がぽろぽろと頬を伝って落ちてきた。しばらくその様子を眺めて泣いている理由を尋ねてみた。
体調が悪くてしんどいから泣いているのかと思っていたけれどそれは違っていた。
明日は保育園の交流遠足があって佐賀市の保育園から半年に一度位会えるお友だちと脊振の高取山公園に行くことになっている。手作りのお弁当を持って。あきちゃんはそれをとても楽しみにしていたようだ。たまにしか会えないお友だちとお弁当を広げて滑り台で遊ぶんだ。そんなふうに彼女の中でイメージしていたのだろう。
「遠足に行けなくてお友だちと会えないことが悔しい。」
社交的なあきちゃんらしい理由だなと思った。小さい時私だったらそんなふうには考えなかっただろうから。幼稚園をお休みして家で過ごせることの方がうれしかったから。
彼女の涙を見ていたらお弁当だけでも作って一緒にお昼に食べられたらと思った。
あきちゃんの大好きな卵焼きとタコウィンナーと鮭おにぎりを詰めて。よし、そうしよう。
私がお弁当を作って持っていくと話したら泣き止んだ。

保育園に行くのもあと5カ月ほどになった。4月からは小学生だ。
遠足に行けないでママと食べたお弁当。そんな思い出も悪くないかなと思う。
明日は目覚まし時計の鳥さんにしっかり働いてもらわねば。
明日はあきちゃんの笑顔が見られますように。

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