悔し涙とお弁当

明日はやっぱりあきちゃんにお弁当を作ろう。
そう決めた。

夕方のレッスンから実家に戻ると居間が静まり返っていて照明も落としてあった。
ソファにはぐっすりと眠っているあきちゃんの姿が。

母によると私が夕方の家庭教師に出かけて行った後あきちゃんがいつになく元気がなかったのでおでこを触ってみたところとても熱かったという。体温を測ってみると39.7度あったそうだ。
今週と来週は学生さんの振替レッスンが続いており夕方に鳥栖に出ていく日数が多いのだ。明日も夕方のレッスンがあるしこんなに熱が高いので明日は保育園にも行けない。だから今夜はあきちゃんだけ鳥栖で預かってもらうことにした。

帰る前にあきちゃんが起きて珍しく私に抱きついてきた。かわいいなあ。
「ママが絵本を読んであげるよ。」
私がそう言って一緒に寝室に入ると突然あきちゃんが泣き出した。彼女が泣く時はいつもそうするように顔をくしゃくしゃにして大粒の涙がぽろぽろと頬を伝って落ちてきた。しばらくその様子を眺めて泣いている理由を尋ねてみた。
体調が悪くてしんどいから泣いているのかと思っていたけれどそれは違っていた。
明日は保育園の交流遠足があって佐賀市の保育園から半年に一度位会えるお友だちと脊振の高取山公園に行くことになっている。手作りのお弁当を持って。あきちゃんはそれをとても楽しみにしていたようだ。たまにしか会えないお友だちとお弁当を広げて滑り台で遊ぶんだ。そんなふうに彼女の中でイメージしていたのだろう。
「遠足に行けなくてお友だちと会えないことが悔しい。」
社交的なあきちゃんらしい理由だなと思った。小さい時私だったらそんなふうには考えなかっただろうから。幼稚園をお休みして家で過ごせることの方がうれしかったから。
彼女の涙を見ていたらお弁当だけでも作って一緒にお昼に食べられたらと思った。
あきちゃんの大好きな卵焼きとタコウィンナーと鮭おにぎりを詰めて。よし、そうしよう。
私がお弁当を作って持っていくと話したら泣き止んだ。

保育園に行くのもあと5カ月ほどになった。4月からは小学生だ。
遠足に行けないでママと食べたお弁当。そんな思い出も悪くないかなと思う。
明日は目覚まし時計の鳥さんにしっかり働いてもらわねば。
明日はあきちゃんの笑顔が見られますように。

手作りの家

夜間のお茶の時間を楽しめる季節になった。紅茶を淹れて昼間に買ったお菓子を味わっている。
お米の粉で作られたスコーンでりんごとレーズン入りだ。生地がしっとりとまとまっていて上品なお菓子である。

今日は午後から娘のクラスメートのお家にお邪魔して存分に山の空気とこのお友だち家族の暮らしを満喫させてもらった。お友だちの家は、脊振の山の中にぽつんと在ってお母さんがお菓子屋さんをされている。3年前に福岡市内から移住して来られたご家族でお家はコンテナで作られていた。ご主人の手作りだそうだ。住みながら家じゅうのあちらこちらを少しずつ取り付けていき組み立てていかれたのだそうだ。とても開放的な家でリビングから周りの自然が一望できるようになっている。
裏山の斜面には、ぐりという名のヤギが居ておいしそうに草を食んでいた。このヤギの小屋もご主人が一日で作られたそうだ。お菓子屋さんの工房とテラスもご主人の作品だそうである。何から何までご自分で手作りをされる御夫婦で驚きの連続だった。あまりにも居心地が良く、娘と二人つい長居をしてしまった。最初は午後のお茶の時間にお菓子を買って子どもたちがしばらく遊べたらという気持ちで行ったのだが、夕飯まで御馳走になってしまった。「カレーでよかったら食べていって下さい。」そう言って手際よく作って出してくださったココナッツミルク入りのカレーもとてもおいしかった。その上ご主人が狩りもされるというのでカルガモをローストしたものまで食べさせてもらった。
娘もたっぷりと遊んでとても満足したのだろう。家に帰って入浴後すぐいつの間にか眠っていた。
それにしても、我が家からそう遠くない場所なのに今日は随分と遠くまで旅をした気分になった。脊振の山にぽつりぽつりと知り合いが出来ていき私たちの暮らしもその恩恵をうけている。思いがけず晩餐の時間まで共に過ごせたこのご家族の暮らしはとても興味深い。やはり自分たちの手で生み出された暮らしは温かく豊かである。食べ物も住まいもこの方達の凝縮した時間が詰まっていた。忙しい日々に追われていた最近の自分自身の暮らしを見直す良いきっかけとなりそうである。
お菓子屋さんの名前は、天然菓房のがりと言います。脊振まで来られる際はぜひ足を運んでみてください。週末に開いていてテラスで珈琲なども楽しめます。
のがりさん、今日はありがとうございました。

5時21分のマダガスカル

先日目覚まし時計を買った。アラーム機能が壊れてしまった目覚まし時計はいくつも持っているのだが、それらは電池を入れ替えてもアラームが鳴らない。だから諦めて暫くは携帯電話のアラームを代わりに使っていたのだがなんとなくずっと気持ちが悪かった。つくづく自分はアナログ人間なんだと思う。
腕時計の電池が無くなっていたこともあり、鳥栖駅近くの時計屋さんに行くことにした。文字盤の大きなこの腕時計は夏の間中5時21分で台所に置かれたままになっていた。
5時21分...夕方なら一番忙しい時間。時間よ、このまま止まっておくれ!私の心の叫び。そんなふうにも思えてくる。はたまた100年もの間お城の中の全てが眠りについたいばらひめのお話までもが思い浮かぶ。
まあでも、そんなことも言ってはおられない。気持ちを現実に戻して私は時計屋さんに入って行った。

店内には先客が居た。スーツ姿の男性。偶然にも知り合いだった。
私の車のこと全般をお願いしている鳥栖の車屋さんの社長さんだった。もともと父が大変この車屋さんを気に入っている為私もお願いするようになったのだが、これまで社長さんと直接話をする機会などはなかった。社長さんは眼鏡の修理待ちで私は腕時計の電池交換待ち。15分程の時間だったが、この社長さんから意外な話が聞けて楽しかった。
最近家族旅行でマダガスカルに行かれたそうだ。この方からマダガスカルという普段あまり耳にしない国名を聞いたことにとても驚いた。しかも現地で記念に砂を集めて日本に持ち帰ろうとされたそうだが、結局持ち帰ることはできなかったとの話。マダガスカルでの旅話をとても楽しそうにされるK 社長の顔がいつもとは違ってリラックスした表情に見えた。そしてこの方と車以外のことでおしゃべりができたこともうれしかった。
私の腕時計は再び正確な時間を刻み始めたけれど、これから5時21分になるとマダガスカルの思い出話がK 社長のあの表情とともに甦ってきそうだ。
さて、肝心な目覚まし時計はというとグリーンと白の鳩時計ふうのものを選んだ。川のせせらぎと共にカッコウが朝の始まりを知らせてくれる。これから起こされるのも悪くないと思える穏やかな朝の始まりが迎えられるかもしれない。

運動会が終わって

今日は日中ずっと台風が居座っていて風が吹き荒れていました。
今日も娘の居ない休日となり家から一歩も出ずに過ごしました。

嵐が過ぎ去ってようやく玄関を開けたら満天の星が美しかったこと!
相変わらず静かな夜です。

昨日は娘の運動会に参加しました。保育園の行事がひとつ終わる度にそれぞれが最後なのだと感慨深くなります。
子どもの運動会はスポーツを楽しむというよりも彼らの成長を祝うことの方が大きいように思います。
あきちゃんの年少さんの頃の運動会を思い返してみると応援席から私の存在ばかりが気になっていたのですが、さすがに年長ともなると自分の出場する種目に対する熱意が強くなっていたり自分のチームの勝利を願って自分以外の子たちが出ている種目の時でも一生懸命応援している姿が見られました。
保護者のチーム対抗綱引きでは、自分のチームが負けてしまったことがとても悔しかった様子。顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を流していました。綱引きの結果で泣いていたのは彼女だけでした。おそらく運動会の前に私が「ママ綱引き頑張るからね!」と言っていたことをしっかり覚えていたからママのチームが負けたことが悲しくて悔しかったのだろうと思いました。あんなに一生懸命応援してくれた彼女の姿に目頭が熱くなりました。

今年は役員をしているので様々な行事の度に話し合いがあって当日までの準備で役員同士協力して物事を進めていく機会が多いのです。最初はぎこちなかったそれぞれの関係も同じ行事をこなしながら時間を共有することで少しずつ打ち解けてきていることを感じています。子どもたちを通して出会ったこの関係もなかなか良いものです。たとえこれが今だけの関係であったとしても今を一生懸命生きた証となり、娘の保育園時代の大切な思い出として私たちの一部になるのでしょうから。
脊振の人たちは素朴で温かいです。この保育園を選んで良かった。そう思う今日この頃です。

秋の休日

空気はめっきり涼しくなった。
半袖一枚では肌寒いと感じるようになってきた。
久しぶりに静かな土曜日を過ごしている。
午前中に保育園の運動会があった。終わってから私は片付けがあったのであきちゃんはそのまま私の両親と鳥栖に行って今夜は帰って来ない。
今頃はじーじとばーばを一人占めしてたっぷりと甘えていることだろう。私もこうしてジャーナルを書いたり普段やらない場所の掃除をしたりと自由な時間を過ごしている。お互いたまには離れて羽を伸ばす時間も必要だ。

家の中に居ても外に出ても鈴虫の鳴き声と微かに感じる風が柔らかく包みこんでくれる。

8月の最後の日に愛猫が12歳になった。そして今月でAutumn が3年目の秋を迎えた。しかも明後日はあきちゃん6歳の誕生日だ。身近な存在と自分の一部にもなっている教室に新たなページが開かれていくような時なのだ。
だからやっぱり秋は私にとって始まりの季節なのである。

教室を始めた最初の頃から2年以上続けて下さっている生徒さんが数名。最初の頃と変わらずに毎週笑顔を見せて下さる。本当に有難い存在である。
そしてその後に入って来られた方達もAutumn に新たな風を吹き込んで下さっている。間違いない。
週に10人を見る日も増えてきてそれぞれの生徒さんの満足度が気にかかることもあるけれど、お休みをせずに来て下さったみなさんに感謝をし1コマずつを出来るだけ丁寧に行っていけたらと思っている。
1対1で1コマ90分の大切な時間の積み重ね。忙しい日々の中に丁寧にひとつのことを味わう時間を作る。たとえ短い時間でも続けていくと大きな自分の支えとなってくれる。ある時ふとそう気付いてもらえたら本当にうれしい。
Autumn にできることはこれしかないように思う。
健康に気を付けてこれからもみなさんと歩んでいかれますように。

お盆休みとぶどう

立秋を過ぎても相変わらず残暑は厳しいですが、みなさんお元気にお過ごしですか。
自然界では着々と秋の準備が進められていて移りゆく風景の瞬間が愛おしいと感じる日々です。
栗の木を近所でよく見かけますが、いつの間にか緑のゲジゲジが堂々と姿を現していました。
毎日「暑いなあ。暑いなあ。」と、私たち人間が言っている間も自然界の植物や動物たちは淡々と前を向いて歩いていて次の季節の準備を整えているのです。

今日はお盆休みの初日。あきちゃんを連れて大牟田の祖母の家に行ってきました。先週92歳になった祖母は曾孫との時間をいつも楽しみにしてくれています。自宅用で作っている巨峰が食べ頃で今日は大きな段ボール2箱分も持ち帰って来ました。叔父と祖母の合作の巨峰。物心ついた頃から私はこの巨峰と毎夏を過ごしてきました。祖父がまだ生きていた頃は市場にも出すほどの量を作っていたので私たち親戚一同が揃って葡萄の収穫を手伝っていました。納屋に皆で集って箱詰め作業をしていた頃がとても懐かしく思い出されます。だから葡萄は私たち家族にとって特別な思い出が詰まっている果物なのです。
現在は祖母と叔父とで栽培できる量に縮小して自宅の裏にだけ作っています。今年も無事に収穫出来たことを一番喜んでいるのは祖母と亡くなった祖父なのだろうと思います。
家族のかたちは変わっても共に時を紡いだという記憶はそれぞれの心に刻み込まれているはずです。祖母が年をとってきたのでいつまでこの葡萄栽培を続けていかれるかわかりませんが、彼女の思いを大切にしていきたいと思ったお盆休みとなりました。

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