茶摘み

こんばんは。

今夜は天ぷらを揚げました。お茶の葉とユキノシタをたっぷり揚げて他にも季節の野菜たちも一緒に。昼間に娘とお茶摘みに参加してきたからです。摘み取ったばかりの柔らかい葉をさっと揚げる。

妹が遊びに来ていたので揚げながら、娘と三人で味見と言いながらずっと食べていました(笑)。お茶の葉の天ぷらは初めて。どんな味がするのだろうと興味津々。口に含んだ瞬間にお茶の香りが広がりその苦味がしっかりと感じられました。干したお茶の葉をふりかけにしてもきっとおいしいだろうと思います。

今回の茶摘は、ころころ保育園のあるお母さんがコーディネートして下さって基山のお茶農家さんの茶畑での季節行事です。20年くらい続いているそう。お茶の葉の天ぷら同様、お茶摘みも今日が初めて。

新芽の二葉位を手で摘み取り、それを釜炒りします。その後にむしろの上で揉んで天日干しするという工程。娘は最初は摘んでいましたが、すぐに茶畑で他の子とかくれんぼや探検を始めたりしていつの間にか一人黙々と茶葉を摘んでいました。お日様のした、鳥たちのさえずりを聞きながら手を動かす。新芽の部分は、とても柔らかくさっと摘めるのです。時折茶葉の下からアマガエルが「こんにちは。」と姿を現してくれ一人で摘んでいることを忘れていました。

摘み取りから茶葉を干す工程を2回。おそらく3~4時間位かかっているはずです。たくさん摘んだと思っていてもドラム缶の上の鍋に入れて炒ると小さくなります。さらには、揉んでもっと小さく。こんなに手間と時間がかかっているのに出来上がりの量は、少ない。だけど、こんなにじっくりとお茶を作る工程に集中して取り組むことができた時間は貴重な経験になったと思います。これを飲んだ時、今日の茶摘の思い出がよみがえってくるに違いありません。今からとても楽しみです。

炒る時は、少々煙たかったのですが、茶葉をかき混ぜながらお茶の香ばしい香りがふわっと立ち上がった瞬間がありました。これは、香りの記憶として私の中にずっと残っていくような気がしています。

詩を(初夏)

遠くを

雨上がりの路地
あじさいは遠くを見つめていた

これから膨らみはじめる我が身を愛おしく感じながらも
希望に満ちたこの瞬間に 少しの戸惑いが入り混じっていた

雲は流れていく
光と影

大地は照らされた

あじさいはこざっぱりとした表情で
ゆっくりと 瞬きをした

ごろごろニャーン

ここ数日喉が痛くて体がだるかったのですが、今日からとても元気になりました。

ここ数ヶ月、母に台所を任せっきりでしたので、たまには自分で何か作らねばと思い、野菜のおじやを作りました。畑クラブで収穫されたヤーコンをはじめ冷蔵庫に入っていた根菜類や赤いパプリカなどを入れて野菜のだしたっぷりの鍋ができました。それぞれの野菜たちを口に運びながら、じわじわと体じゅうに野菜のスープが染み渡っていき、自分の身体が歓んでいるようでした。

自分の体は自分で治す!

やはりこれが基本で大切なことですね。

さて、おじやを食べて元気になり午後から家庭教師に行きました。いつものように生徒さんのお部屋の机で教科書の問題を一緒に解いていたらあるものが目に入りました。

“Happy Birthday”

このメッセージが入った文房具のギフトでした。私がそのギフトを見つめていることをこの生徒さんは気付いたようで

「お誕生日おめでとうございます。」

と言ってそのプレゼントを私に差し出してくれたのでした。

メッセージは、彼女の弟君が書いてくれたそうです。この弟君は先月から Autumn の生徒さんになってくれた子です。前回の弟君の小学生クラスで月と自分の誕生日について勉強したので、私の誕生日を覚えて下さっていたのでしょうね。

心のこもった贈り物をどうもありがとうございました。

このお宅にはユキちゃんという若い猫がいます。だいたいいつも顔を見せに来てくれる愛嬌のある猫ちゃんです。ギフトも猫のものが入っていて猫たちに囲まれて幸せな気持ちにひたる Autumn でした。

have と be 動詞

昨日、久しぶりに Autumn のレッスンに来て下さった生徒さんがいました。ひと月ぶりくらいです。何故かというと、その方は4人のお子さんのお母さんなのでお子さんのご卒園やご入学などといった行事ごとや体調などでレッスンに来られない時が多いからです。

ひと月ぶりのレッスン日は大雨となりましたが、それにもめげずに重たい教科書をしっかりと携えて来て下さいました。しかも宿題も忘れずにしっかりとやってこられていたのでした。彼女の前向きな気持ちが本当にうれしかったです。忙しい状況の中でも少しでも自己学習を続けながら自分のペースで進んでいきたいという気持ちが伝わってきました。

これからも生徒さんのペースに寄り添いながら共に歩んでいけるような Autumn でありたいと改めて思いました。

昨日、その生徒さんから受けた質問について改めて書こうと思います。

一般動詞 have と be 動詞の使い方について

My neighbor has a busy life.

上記の文章ではなぜ、一般動詞の has が動詞として使われているのか。

→もしここに be 動詞が来たら

my neighbor(私のお隣さん)と a busy life(忙しい暮らし・生活)がイクオールの関係になってしまいます(be 動詞には主語と補語をイクオールの関係で結ぶ役割があるのです)。この場合イクオールの関係が成り立つのは、名詞なら補語に職業がくる場合です。また、My neighbor is busy. のように補語に形容詞がくる場合なら可能です。

上記の例文の場合 my neighbor(私のお隣さん)を描写する時の一部に「a busy life(忙しい暮らし・生活)を持っている人」が使われているのです。一般動詞 have(この場合はhas)の目的語に a busy life がきています。

また、ご質問がありましたらお尋ねください。

雨のあと

「あっこちゃん おはよう! なんでおやすみやったと?」

さっき保育園に娘を送りに行ったときのこと。

私と娘を園の入り口付近で見つけてそう尋ねてくれたのは同じクラスのかいちゃんでした。

昨日娘は、咳が出て呼吸が少しゼエゼエと言って苦しそうだったので1日保育園をお休みさせたのでした。思っていたよりも早く回復して今日から保育園復活です。

門のところで行ってらっしゃいをしたら早速数人のクラスメイトたちがあきちゃんの周りに集まってきて朝のおしゃべりが始まっていました。

かいちゃんに尋ねられて娘は

「あのね あっこちゃんね ぜえぜえってなったけんね おやすみしたとよ」

とても嬉しそうにクラスメイトたちに話していました。

彼女自身、私以外のつながりがしっかりと保育園で出来ているのですね。

他の子たちとのおしゃべりに夢中になり、私が帰っていくことに気付いていない様子でした。我が子も少しずつママから離れていき自分の世界を広げていくのだろうなと思います。

雨上がりにお日さまがやさしく微笑みかけてくれる。そんな朝のひとコマでした。

Hi !

びっくり!

植えていたスズランの苗が伸び始めていました。

これは、先月末頃に我が家の南西側の花壇に植えたものでした。苗といっても買った時は、ポットに1.5センチくらいの芽が出ているだけのものでした。毎日見に行って大きくなっていないか観察していましたが、ちっとも伸びる気配がありませんでした。

もう無理か

そう思っていたらいつの間にかすずらんのことを忘れ、数週間が経っていました。

だけど、植物にもそれぞれのペースがあるのですね。

なんと昨日、ブルーベリーの苗にお水をあげている時に黄緑色の新顔を花壇の一角に発見したのです。スズランの新芽が3センチ位まで伸びていました。

彼女は(スズラン)ちゃんと準備をしていたのにその成長を信じてあげられなかった自分が恥ずかしくなりました。

彼女は、毎日懸命に生きてしっかりと開花の準備をしているのですね。

ことばではなく存在そのもので語りかけてくる植物たち。私たち人の心に響く大きさはことば以上のものがありますね。

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