ツルムラサキ

夏の野菜、色々とありますが、今日は産直所にツルムラサキが並んでいたので買って帰ってきました。
ある方が、お店に飾られていてその紫と緑の深い色が印象的だったこともあり、手にしたのでした。
そしていかにも採れたてという瑞々しさに心を奪われたのでした。
帰って、どんなふうに調理をしようかと少し考えましたが、こんなに美しい葉っぱだったらそれが生きるようなメニューが一番良いと醤油和えにしました。
塩水でさっと茹でた後、冷水に浸した葉っぱを刻んでだし醤油と塩を少々いれて和えました。
とてもシンプルな一品でしたが、とても満足度の高い副菜が出来上がりました。冷たく冷えたツルムラサキが喉をつるんと通ってゆく度に季節のものをいただくありがたさをじんわりとかみしめることができました。
実は、ツルムラサキという野菜はうきはに住んでいた頃、夏になると母が毎日のようにおかか和えをしていたので食べ飽きていたところがあったのですが、紫が入った種類のツルムラサキは今回が初めてでこちらの方が粘り気が少なく味もよりくせが少ないと感じました。畑で採れたわかめのようでした。

とても暑くて何を食べようかと思うことが多い日々ですが、できるだけ季節の野菜を食べながら元気に暮らしていきたいものですね。

絵本の会が終わりました。

絵本の会のご報告です。

8月2日・3日とそれぞれ午前中に絵本の会を無事に開くことができました.
暑い中、足を運んでくださった方々、ありがとうございました。
どちらの回もお一人ずつ来られて通常のレッスンと同じマンツーマン形式となりました。
おそらくお二人には学生時代の英語のお勉強とは違うということを感じていただけたのではないかと思っています。
英語=英文解釈のようなイメージではなく、英語はもっと身近な言語で楽しいものなのだということを体感いただけたはずです。
おやつには、かぼちゃのチーズケーキを作って参加者の方と一緒に食べました。
私にとっても今年の夏休みの大切な思い出となりました。

1983年に出版されたBrown のGorillaという作品は30年以上時代を経ても全く時代を感じさせない作品だと改めて感じたところです。
これからもこの絵本の会、続けていけたらと思っています。どうぞ、よろしくお願いします。

日常のとらえ方

ここ最近よく思うことがある。それは、いつも通りの日常がとてもありがたいということ。
娘を保育園に送って掃除をして英語教室の準備をする。レッスンが入っていない合間の時間に洗濯をし、夕飯の支度をすることもある。
そうこうしていると夕方になりまた娘を迎えに保育園へと向かう。
家事と仕事、そして母親業。一つの体をフルに動かして毎日を精一杯生きる。
夕方からレッスンがない日は庭の花たちにたっぷりとお水をあげる。
少しほっとしたいときはコーヒーやお茶をゆっくりと淹れて楽しむ。
「この前植えた日々草元気ね。」
庭のプランターに植えた花たちのことなどを母と話しながら。

日々同じことの繰り返しのようだが、決して単純なわけではなく ひとつひとつが昨日とは違うリズムで動いている。
それはとても些細なこと。だから感じることに鈍感になってしまうとその微細な変化に気づかないまま日常が過ぎていく。
しあわせに暮らすということはその微細な変化を生き生きと感じながら毎日を過ごしていくことなのではないかとこの頃よく思うのである。

昨日いつもの神社まで娘と水を汲みに行った。
私が水を汲んでいる傍で彼女はひらひらと舞う蝶を追いかけていた。
自分の手のひらに収めたかったようである。
水汲み場から視線をふと娘の方に向けた。
両手を頭の上に高く上げながら蝶を捕まえようとしている。その姿はとても一生懸命で思わずこちらが笑みをこぼさずにはいられないほど輝いていた。
ターコイズブルーのワンピースを着た3歳の女の子。
光の中で踊る小さな天使のようであった。

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