よもぎのケーキ

久しぶりの雨です。大地が潤ってこちらもほっとします。
昨夜は雨の前でとても蒸し暑かったので夕飯にさしみこんにゃくを食べました。これは脊振名物で近所にある渓谷の店で買えるんです。つるっと喉を通る淡白な味が昨夜はとりわけおいしく感じました。
「これは良いね~。」と何度も娘と言い合いながら地元の食べ物を楽しんだところでした。
夏が近くまで来ている気配がします。

さて、地元のものといえば、そう、この季節恒例のよもぎです。
数日前の晴れた日に近所の川沿いの散歩道でたくさん摘んできました。早速ケーキを焼いて残りはお茶用に干しています。娘と食べたりレッスンの時に生徒さんに食べてもらったりとこの季節ならではのティータイムは格別です。
去年のよもぎケーキを一緒に食べたお友だちの話やそのよもぎを摘んだ場所などを娘と話しながら春の思い出話がまた楽しいのです。その時々に登場する人物たちや場所を改めて思い返してみると全てが物語の箱にでも収まっているようで愛おしくなります。
生きていること自体が物語なんだな~と雨を眺めながらうれしくなるAutumn でした。

土器山八天山へ

みなさん、おはようございます。今朝も鶯の歌声が心地よく響いています。

数日前、土器山八天山に登って来ました。この山は我が家の目の前にある標高429メートルのこじんまりとした山で昨年から登ってみたいと思っていたところです。
頂上に八天神社の上宮が祀ってあり山全体が御神体とされている霊験あらたかな山なのです。
頂上まで1時間程で登れると聞いていたので今回は一人で挑戦してみることにしました。登山は久しくしていなかったので恐る恐るゆっくりと登り始めましたが、登山道の狭さとその作りの意外性にとても驚きました。まさかの上り坂!だったのです。ここは普通の登山道と違って、むき出しの花崗岩を掘削して順路が出来ているので登山というよりも岩登りに近い感覚でした。ところどころ四つん這いになって一歩ずつを慎重に進んで行きました。
頂上の少し手前には親不孝岩と呼ばれている巨大な岩があって親不孝者がこの岩の下を通ると岩が落ちてくると言われている場所だそうです。今回私の上には落ちてこなかったのでほっとしながらようやく頂上に到達することが出来ました。
いつも下から眺めている山の上に登って下の様子を眺めることができたことが一番良かったです。全体を俯瞰して見ると意識が広がり、日常の些事を大らかに眺めることが出来て行けそうです。

友人から譲ってもらった手製のお皿を上宮に奉納し、これからの幸せを祈ってきたところです。
日毎にここでの暮らしが根付いてきてなんだか私も唄い出したくなってきました。

唄うように

このところ晴天続きですね。桜の季節にしてはとても珍しいことだと思います。毎年のように桜が見頃になった頃、雨が降って花びらが散ってしまい残念に思っていたからでした。
神埼で迎える最初の春はお日様の存在がこれまでにないほど身近に感じます。

さてさて、しばらくジャーナルを書いていませんでしたが、みなさんお元気にお過ごしですか。春は進学や進級など節目の季節でお忙しくされている方が多いかと。どうぞお身体を大切にみなさんがこの春を心地よく過ごして行かれますように。

ここからは、最近思うことについて。娘のあきちゃんが、この4月から保育園の年長さんになりました。歌ったり踊ったりが大好きなようで気持ちが向いたときに自作の歌を発表してくれます。先日も自分で舞台を設置して春を思わせるような明るくてやわらかな歌を披露してくれました。日々の暮らしの中でたくさんのことを一緒に話しているはずなのに、歌はまた別物。そう強く感じました。その瞬間にメロディーにことばをのせて想いを伝えるのです。自作だからこそなおさらその魂が伝わるのかもしれません。特別な感じがあり歌うって良いなあと思ったところです。
ことばが単なる言葉に過ぎないこともありますが、話し手や語り手の想いが込められていることばたちは本当に力があると思います。
偶然ですが、先日久留米市美術館に行った時のこと。『美術手帖 2018年3月号』という雑誌を見つけ購入してみました。“言葉の力”という特集で美術、詩、音楽など様々なジャンルの言語表現についての今が書いてあります。

我が家の小さな詩人は少しずつ文字が書けるようになってきています。
それはこんなふうにです。
“すこしもさ
むくないわ
りんごのか
わたぺた
ことある
の おいしいよ”
彼女にとっての春のうた。それぞれの文字がとても大きく書かれていて見るたびに思わず笑みがこぼれます。文字を覚えたての頃って書けることがうれしくて線に勢いがありますね。

Top