トケイガトマル

こんばんは。

自分の部屋の掛け時計が数週間止まったままで電池を入れ替えずそのままにしておりました。
いつも目にする時計の針が正確な時を刻んでいない方が心地よくて。
7時数分前のまま時は流れ、気づけば11月中旬。今年のカレンダーもあと二ページか。そんな状態でした。

せわしなく動いていた割には自分の体の中の時計は止まったままでなんとなくぼんやり。部屋にある止まったままの掛け時計と同じでした。

さて、先日保育園に娘を迎えに行ったところ我ながら納得した風景が未だに印象に残っています。
園の入り口に面したところに娘のクラスのお部屋はあります。同じ間取りの部屋が二部屋です。それはどちらもかえる組さん(年少さんクラス)のお部屋です。西側のお部屋に13人ほどの子どもたちが居てぼろ布を刻んだりして遊んでいました。けれどもそこには我が子の姿はありませんでした。あきちゃんがいたのは東側のお部屋でした。こちら側には保育士さんに叱られている二人の男の子がいてその傍にあきちゃんはいました。窓のところに立ってひとりぼんやりと外を眺めていました。
隣、西側のお部屋の賑やかさとは対照的な様子の東側のお部屋。静かな方の空間に一人立っていた我が子を見て自分と似ているなあと初めて思いました。
彼女にもぼんやりとする時間が必要なのかもしれませんね。いつもはとても元気に動き回っている娘ですが、立ち止まる小休止のようなものが時には必要なんだと意外な一面をみることができた秋の午後でした。

 

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