稲尾教彦詩集

月はまあるくなり 時はついに満ちたり

こんばんは。
先ほど家庭教師から帰る時、満月が東の空にはっきりと姿を現しているのが印象的でした。
そういえば久しく月を愛でることを忘れていたような気がします。

さて、今夜は稲尾教彦さんの詩集についてのお知らせです。
この度Autumn で稲尾さんの詩集を2冊取り扱わせていただくことになりました。

稲尾さんは私の手紙友達であり、日々の暮らしの中から感じ取ったもの、これらの機微をひとつずつ丁寧に言語化していくことの幸せを教えてくれる大切な師でもあります。
現在は北海道伊達市にあるシュタイナー学校で自然農・バイオダイナミック農法を実践されながら言語造形による演劇指導をなさっています。また、菓子美呆の屋号でビーガンスイーツの販売もされている方です。詳しくは、稲尾さんの菓子美呆のホームページをご覧ください。以下アドレスです。
https://kashimihou.jimdo.com
もともと私の場合は、お菓子が最初でその後に詩集との出会いがありました。
今でもあのビスケットを食べた瞬間のことは鮮明に記憶に残っています。確か1袋に4つくらいビスケットが入っていたと思いますが、一つ食べてもうすっかり気持ちが満たされて残りはまた別の時に誰かに食べてもらおうと思いました。自分だけでこのビスケットを食べてしまうのは本当にもったいないと感じたのです。現在も変わらずにあの焼き菓子たちが稲尾さんの手によって作られています。

さて、話は詩集に戻ります。
稲尾さんのことばが教えてくれるものは、一言で表すと“美しいと感じる心”なのです。
人によって言語の表現方法は様々でしょうが、稲尾さんの詩のことばはどれもが生きている証であり、今を生きることの豊かさを教えてくれます。

Autumn では、以下の2冊を置かせてもらうことにしました。
1冊目は、『涙の歌』です。こちらは稲尾さんが20代前半の頃に重い病を患った時に書かれた作品です。短編詩から長編詩まで併せて全部で52編の作品が綴られています。
清水美紅さんの透明感のあるイラストが稲尾さんの繊細な言葉の世界に彩りを加えています。

2冊目は、『夕立と群青』という作品。こちらは昨年の夏に完成した詩集です。
とても温かみのある作品で稲尾さんの家族や友人、日常の生活が浮かび上がってくるようです。

どちらもひとり静かな心の時に読みたい詩集です。
読んでみたい方はAutumn までご連絡ください。

稲尾さんだったら、今夜の月をどんな風に感じて言葉にされるのでしょうね。

詩:それぞれの一日

今朝はくもり

 

あきちゃんとけんかをした

今朝は早朝からの仕事でいつもより40分早く家を出た

保育園に向かう車の中で あきちゃんはいつものCDを聴きたいと言った
それはわらべ歌が15曲ほど入っているCDだ
けれども実際にかけてみるといつものように大きな声で歌うわけでもなく
下を向きながら「コレ チガウ」
と私に次の曲へと早送りをするように言うのだった
1曲目をやめて2曲目にうつるとまた「コレ チガウ」
この繰り返しだった

8曲目くらいまで早送りをしたあたりから私の忍耐と寛容さのスイッチが切れてしまった
「もう こんなの嫌 聴きたいのが無いならこのCD消す」
音楽はなくなり、保育園の駐車場に着くまで沈黙は続いた
CDを消してからもずっとあきちゃんはうつむいたままだった

私の焦りをそのままあきちゃんは吸収し それがさらに濃縮されて彼女はことばを失ってしまった

「あきちゃん てをつなごうよ」
しばらくして外の空気を吸ったおかげで私は少し気持ちが和らいだ

「ごめん まま あせってしまって さっきはこわかったね」
しばらくまた無言のまま 二人で手をつないで歩いた

「......あっこちゃん ままのこと だいすきやけん」
涙をこらえながら あきちゃんは力強く言った

私は思わず息をのんでしまった
「......あきちゃん ありがとう ままもすきやけん」
これ以上 私はことばにすることができなかった

私たちは保育園の門のところでさよならをした
「いってらっしゃい」

空を見上げてもお日様は出ていなかった

仕事をしながらも さっきの娘のことばがからだじゅうで何度も繰り返し響いていた

 

 

スミレ姫たち

昨日の会話:

あきちゃん「Mちゃん、もう、あっこちゃんとれんやろう。」
Mちゃん「Mちゃんもとりたいとよ。」

そう、昨日は一日あきちゃんのクラスメートのMちゃんと一緒に遊びました。
上の会話は、二人が朝日山公園の斜面ですみれを黙々と摘んでいた時の会話です。

午前中はどうにか天気がもってくれて新鳥栖駅の近くにある小高い山、朝日山公園に遊びに行きました。展望台の一つ手前にあるアスレチック広場に蓬が生えていたのでそれらを摘んだ後、再び頂上を目指して階段を上り始めたところ……斜面にまたまた蓬が。蓬のケーキを作りたかったので1回分の量が欲しくてまた黙々と三人で摘み始めたのでした。すると、蓬の傍に薄紫色のスミレが咲いていてあきちゃんもMちゃんもとってもうれしそう。よく見るとたくさん咲いていたので二人ともいつの間にかスミレ摘みに夢中になっていたのです。二人とも突然静かになったのでかなり集中して摘んでいたのだろうと思います。Mちゃんの方は摘んでは袋に入れての繰り返し。あきちゃんは左手に持って小さなブーケを作っていました。お互い一つの場所が摘み終わって次の場所に移動するときちょっとしたぶつかり合いがあったりしましたが、とても楽しそうでした。
ひととおり蓬とスミレ摘みを楽しんだくらいの時に雨が降り始めたのでここでハイキングはおしまい。家に帰って公園に持って行ったお弁当を食べて蓬のケーキを作りました。

私がケーキを作っている間、母(あきちゃんのばーば)が入ってMちゃんとあきちゃんでかるた取りをして遊ぶことになりました。ばーばが読み上げて二人とも真剣に読み上げられた文字で始まるつみきかるたを取ろうと構えていました。最初にMちゃんが1枚取るとあきちゃんの表情が一気に変わって本当に悔しそう。2枚目もMちゃんが取るともうこれは許せないといった表情であきちゃんは悔し泣きを始めたのでした。
他の子と遊ばせてみると我が子のつまずくところや親子二人だけだと見えない一面などが見えて私にとっても有意義な時間となりました。あきちゃんにとってはじゃんけんもそうですが、「負ける」というカードが存在しないのです。大人とだったらあきちゃんに「勝ったー!」という思いをさせてあげることができます。例え自分の方が勝っていてもあきちゃんは負けず嫌いだから、彼女が勝つまで繰り返し勝負を続ける。そんなこともできますが、同じ年齢の子だとそうは行きません。浮き彫りになった現実。これは本当に彼女にとっての初の試練のようです。どうやったら日常のゲームの中で負けるということも認めていけるのか。これが彼女のこれからのテーマなのだと感じました。
悔しくて大泣きしているあきちゃんの横でMちゃんはいたって冷静(笑)。「これゲームだよ。負けても良いんだよ。」Mちゃんはそう静かに言っていました。喜怒哀楽の激しいあきちゃんと冷静なMちゃん。これから一緒に年中さんになる彼らの交流がとても楽しみになってきました。

こんなドラマが繰り広げられている中、オーブンがケーキの焼き上がりを知らせてくれたのです。
「あ、ケーキだ!」
さっきまで顔をくしゃくしゃにして泣いていたあきちゃんでしたが、表情が一気に明るくなりみんなで蓬のケーキを楽しみました。
昨日はよもぎおばさんとスミレ姫たちの幸せな休日となりました。

ご近所さんと春を

春が来ましたね。
お隣さんの玄関に植えてあるサクランボの木、少し前から花が満開です。
いつも通りの暮らしがようやく戻って、身の回りの春を思う存分に楽しんでいるところです。

我が家の中庭はこれまでになく春の花たちで賑わっています。夕方に来られたお隣のおじさんの表現を借りるとここは“花園”になっているそう(笑)。昨年の春に植えっぱなしになっていたムスカリ、これが今年も咲いてくれました。昨秋に植えた球根のヒヤシンス、これは青が一番に咲き始め、今朝くらいから白も一輪が開いたところです。パンジーたちもとても元気に咲いてくれています。

昼間久しぶりにボアさん(鳥栖駅前のお花屋さん)に行っていくつかの鉢植えと切花を買ってきたところです。スズランが売っていたのでやはり一本買うことにしました。スズランは、昨春に苗を買って植えてみましたが、全然育たないままに枯れてしまったのでした。いつかまた挑戦してみたいのですが、今年はこの球根で咲いている花を大切に鑑賞したいと思います。このスズランもそうですが、私はスノードロップ、それからクリスマスローズなど下向きに咲く花が好きなんです。太陽の方を向かないで下を向いているその花たちの姿が、どこかはにかんで見えてそこに美しさを感じるのかもしれません。
それにしても、ボアさんで買った花の中には本当に咲くタイミングが全く読めないものがあります。二か月ほど前、1月に買ったグリーンアップルという不思議な植物。切り花で買ったものですが、これはまだしっかりと生きており玄関に飾っているのです。そのことを店主のさちこさんに話したら「お花は咲きましたか?」と尋ねられ……帰宅後確認してみたところ(これも下向き植物です。)なんと数か所から何かが開こうとしているではありませんか!これがさちこさんの言っていたお花なんでしょう。忘れたころに突然変化する。これがボアさんの植物たちの面白さなんです。

さてさて、明日は近所のMちゃんを誘ってあきちゃんと三人で過ごすことにしています。このMちゃんは、あきちゃんの保育園のクラスメートでお家がすぐ近くなのです。ふた月ほど前に彼女に弟君が生まれ、Mちゃんのお母さんとご家族はてんやわんやの日々を過ごされています。けれども、Mちゃんからするとおもしろくない。だから、最近とみに荒れているとのこと。Mちゃんもお母さんもとても辛い時なんだと思います。私に何かお手伝いできることがあればと思い、週末に我が家で遊ぶのだったらお互いにとって楽しいことだと。
今日はあきちゃんは朝早くから出かけていたので、私がパソコンを開こうとしていたところ、Mちゃんが遊びに来たのでした。
我が家のままごと道具入れに入っていただるまの置物が気に入ってそれをフライパンで焼く真似をしていました。
「Mちゃん、あついよお、あついよお、フライパンからだしておくれよお!」私がそんなふうに言うとMちゃんはケラケラと何度も笑っていました。彼女の笑顔が見られて私まで幸せな気持ちになりました。

「Mちゃん、明日はおにぎり持ってこのだるまさんと一緒にまた遊びに来てね。」
Mちゃんは、にっこりと笑いながら元気よく家に帰っていきました。
あきちゃんもとても楽しみにしているようです。

 

菜の花の香りに包まれて

みなさん、こんにちは。久しぶりにジャーナルを書いています。
昨夜から家じゅうに菜の花の香りがふんわりと広がっているんです。
この数週間忙しなく日々が過ぎていきいつもどおりの日々から遠ざかっていました。泡をふく厄年の自分。なかなかのドタバタ劇でしたよ(笑)。
仕事以外に初めての経験がいくつも重なりましたが、全てが無事に終わってほっと一息ついているところです。

初めての経験その1です。昨日はころころ保育園の卒園式でした。在園児もその保護者も全員が卒園式に出席してどろんこになって遊びきったかぶとむし組さん(卒園児の年長組さん)の卒園を祝福しましょう!それが園長のまゆみさんの方針なのです。しかも卒園児の保護者は、何かしらの卒園表明のようなものを何らかのかたちで発表せねばならないのです。
二年後、正直なところどの程度自分も関わっていけるのか心配なところもありますが、昨日のかぶとさんの保護者の発表を見て彼らの底力のようなものをたっぷりと感じ取ることができ勇気をもらえたような気がしています。
夫婦1句ずつ園生活の思い出を俳句に表されて、その後はかぶとさんの保護者全員でのソーラン節の発表がありました。「皆さんどこにこんな力があったの???」という位迫力がありました。皆さんの息もぴったりと合っていたのできっと保護者の方同士の関係も良いのだろうなと思いました。
かぶとさんたちは、日ごろの園での取り組みを発表してくれて、日々の彼らの修行の成果がそのまま表れていました。とび箱6段の高さの竹馬にひょいっと乗って蟹歩きや速歩きをしながら全員の前を回ったり、鉄棒の連続回転20回(これは見ている方も目が回るほどの速さの子もいました!)など、それぞれの子どもたちが卒園式に向けて目標を決めてそれらに取り組むという流れになっていました。全く保育園のことを知らない人が初めてこの式を見たとしても目頭が熱くなるような思いの詰まった式でした。かぶとのみなさん、そして保育士さんたち、本当に今日までお疲れさまでした。

……そういえば、初めての経験のことを書こうとしていましたね。
そうそう、このお話には続きがあるんですよ。
あのですね、卒園式の後にお母ちゃん会というのがありまして、それにも参加してきたんです。これは、卒園するお母さんをねぎらう会のような趣旨で毎年在園のお母さん同士で企画して準備することになっています。今年は、我が子のクラス(かえる組)が担当でしたので「自分ができることは何か」いうテーマでできる限り関わらせてもらいました。当日の会場準備やそのお知らせなども含め与えられた時間はひと月ほどでした。
私は、集まりなどにはほとんど参加できないので、私にできることは何かということをクラスメートのあるお母さんが考えて提案して下さったのでした。この方はAutumn の生徒さんでもあるので私の普段の事情もよくわかっていらっしゃいます。彼女のおかげで無理なく当日の会のお世話をすることができました。
会の始まりと終わりに1編ずつ詩の朗読をする。これが、今回の私の役割でした。冒頭に朗読した詩は、一昨年の秋に書いたもの。卒園という節目の時にちょうど良い内容になっていると思います。

雨上がりのうた

~境界線~

嵐が過ぎ去り 街が静かになるひととき

夜が明け 朝が身支度をはじめるひととき

一幕の季節が幕を閉じ 次の一幕へと移り変わるひととき

変化を遂げる全てのものたちへ

敬意を表して

次なる時へと移る前に 一呼吸を共に感じていきたい”

それから会の終わりに朗読させていただいた詩、これは北海道の詩人、稲尾教彦さんの詩集『夕立と群青』からの1編でした。日常の暮らしの中に美しさが存在するということをこの詩集は教えてくれます。稲尾さんとのつながりに関してはまた別の時に書こうと思います。

私以外のお母さんたちは、7人でラインダンスを無事に披露されました。短い練習期間だったにもかかわらず一つの踊りがちゃんと出来上がっていて、しかも踊っているお母さんたちが楽しそうでそれが何よりでした。
みなさんが直前に最後の練習をされているとき、私はホールの隅の方でひとり摘みたての菜の花を小さなブーケにしてまとめていました。今回のお母ちゃん会の準備と発表を通して、それぞれに持ち場がちゃんと確保されているということがわかりました。その安心感のおかげで無理なく自分にできることは何かと前向きに活動に参加でき、それが何よりの収穫だったと思います。
みなさん、お疲れさまでした。

 

 

 

 

山には 木があって 森がある

水があって 川がある

そして 山には 思い出があって あの時の風景がある

ふと見る景色の中には いつも 山がある

 

少し前まで 私の見上げた先にはいつも 耳納(みのう)の山が見えていた

それは 子どもたちが せっせと 砂場でお山を作って出来上がった裏山のようだった

庭のむこう側にある 畑から石段を登っていけばすぐのところに とっぺんが見えるような山だった

耳納の山は 人と山が近くに感じられる山だった

 

いま ふと見上げるずっと先には 背振の山々が広がっている

それは 子どもたちの作った砂山のようではなく

庭のむこう側からすぐのところに見えるような山でもない

にこやかに 手を差し伸べてくれるような 山でももちろんない

けれども 毎朝起きたら 私が必ず目にする風景の一部なのである

 

この山は 毎朝静かに 「おはよう」とだけ言ってくれる

私も 「おはよう」とだけ言って返し その日がまた始まる

 

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