孫の顔と娘の顔

あきちゃん、5歳。小さいながらも神埼の家で過ごす時と鳥栖のばーばの家で過ごす時の顔が違います。
ばーばの家に行く火曜日と金曜日の夜はばーばに甘えて「遊ぼう」コールが鳴りっぱなし。食事をすることよりも遊ぶことの方が大事で少しだけしか夕飯を食べません。私が家庭教師をして帰ってくるまでお絵描き、折り紙、そしてテレビの歌番組を見ながら歌手になりきったりしているようです。一方、神埼の自宅で過ごす時はママの助手として沢山のお手伝いをやってあげなければ!という彼女なりの強い意志が感じられます。今日は保育園から帰ってすぐに玄関横の花壇を整えました。20センチほど伸びたヒマワリの苗を地植えしてそのあとにユリの鉢を地植えする土の準備をしたところです。二人で一緒に土をほぐして水をたっぷりと与えました。おかげで玄関前の小さな花園がだいぶ賑やかになってきました。
そして庭仕事の後は夕飯の支度の手伝いです。もちろん全部というわけにはいきませんし、私の方も全部一緒に作っていたら時間がかかり過ぎてしまうので、メインのおかずのハイライト部分を彼女に手伝ってもらうことが多いのです。今晩の献立は、トマトとアスパラのサラダ、じゃがいものポタージュスープ、メインは一口サイズの豚カツでした。豚肉を衣をつける前の段階まで準備をしておき、その後はあきちゃんが帰ってから一緒に作りました。台所に入ってくる前にエプロンと三角巾をしっかりと身に着けており今夜は気合の入り方がいつも以上でした。彼女がパン粉を付ける係を担当。
「豚肉さんにふかふかのベットを作ってあげてね。」
「はーい。できましたよ~。パタパタトントンしますね~。」
こんなやりとりをしながら小さなお手伝いさんと初めてこの家で豚カツを作りました。ちょっとおめでたい気持ちになりました。
この小さな助手は味見が大好きなようです。好物のじゃがいものポタージュをたっぷりと小皿に注いで味見を楽しんでいました。
今夜は夕飯の前にたくさん働いたせいかお風呂を済ませてから私の知らぬ間に押入れの中で寝入っていました。
お手伝いありがとう!
助手の顔、娘の顔、そして孫の顔。様々な顔を持つあきちゃんですが、どこに居ても全身のアンテナをピーンと張って相手のことをしっかりと観察しています。彼女の持つエネルギーのおかげで私は生かされているなあとしみじみと思う日々です。

新クラス:Kira-Kira

先月からCynthia Kadohata のKira-Kira という小説を読むクラスを始めました。
このクラスの一人目は、英語を学ぶことがお好きなY さん。私がうきはに住んでいる時からお世話になっている整体師さんです。産後、子育てに目を回していた頃、自分自身の体の調子がとても悪く友人に勧められて以来ずっと体の歪みを整えてもらっています。昨年の引っ越しの前後はしばらくお休みしましたが、久しぶりに神埼で整体を施してもらった後の体の爽快感がたまらなく心地よく、トランポリンで空中高く飛んでいるような気持ちになりました。あの時の感動がずっと残っていて今でもお願いしています。そのY さんは、どちらかというと寡黙な方ですが、読書や音楽・美術鑑賞などはとてもお好きなようでそんな話をされる時目が輝き始めるのです。まさにY さんの顔が小説のタイトルと同じようにきらきらと輝く瞬間です。

さて、そんなY さんと1レッスンで1章ずつ原文を読み進むクラスが楽しくなってきたところ。今日がその3回目のレッスンの日でした。3章は長くて全部の解説が終わらず、、、全部の章をしっかりと読んでこられたY さんは「もやもやが残ります。」と言われながら、今日は帰って行かれました。ご自分で読まれた時の解釈と実際の話が微妙に違っていたり、読み進めている途中で話の流れが分からなくなったりされるそうで一緒に物語を解読していくことが楽しいとおっしゃっていました。私も今日は時計を見て2時間も経っていたことに驚きました。どっぷりと物語の世界に浸っていたら時間を忘れてしまったのです。次回まで2週間ほど開きますが、3章の残りは次回のレッスンに回します。

では、この話がどんな内容なのか。
これまでのあらすじを簡単に書いてみました。
アメリカの中西部アイオワ州にある日本人のコミュニティに住んでいたTakeshima Family。物静かで忍耐強いお父さんと小柄で繊細なお母さん、そしてその二人の子どもたち、Lynn とKatie姉妹。時代は1950年代。両親が営んでいた小さな日本食材を売る商店がうまくいかなくなり、Takeshima Family は南部ジョージア州に引っ越すことになりました。Takeshima の両親がジョージア州に住んでいるKatsuhisa 伯父さんが経営している養鶏場で仕事を世話してもらうことになったからです。見渡す限りトウモロコシ畑が広がっているアイオワでの暮らしを諦めて生活のためにTakeshima Family はジョージアへと向かいます。両親の運転する車と伯父さんのトラック2台で彼らの大移動が始まります。
利発で勇敢、そしてチェスが強い姉のLynn。彼女は妹のKatie に人生で大切なことを色々と教えてくれます。タイトルにもなっているKira Kira という日本語。これを教えてくれたのもLynn です。Katie が小さい頃、きらきらと輝く星空を指して何度も「あれがきらきらだよ。きらきらと言ってごらん。」とLynn は教えてくれました。姉のおかげでKatie はKira-Kiraという言葉が大好きになります。
光り輝くもののもつイメージやその具体的なものは人によって違いますが、読みながら自分にとってのKira-Kira とは何だろうと考えてみたり、この物語を通してKira-Kiraと前向きに生きていくためのものの観方をこの物語は教えてくれる予感がします。(私もまだ4章の途中までしか読んでいません。)

このクラスの第一の目的は、英文を読むこととその物語の世界観を味わってもらうということです。
一人だと途中で挫けてしまうかもしれない英文の読書。これを読破した時の達成感は何にも代えがたいものがあるはずです。
共に頑張っていきましょう。

*このクラスに興味をお持ちの方は、ご連絡ください。1回3,000円で行っています。こちらは、グループレッスンでも対応可能です。(本代が別にかかります。)どうぞよろしくお願いします。

土曜日の楽しみ

「今日は図書館に行こうね。」
あきちゃんと図書館に行く約束をして土曜日も彼女を保育園に預ける。夕方の5時前に脊振まで上ってお迎えに行った後、最近は近くの脊振図書館に寄ることが増えてきた。脊振2000年館という名前のこの建物はもともと幼稚園だったところ。子どもの数が少なくなり廃園となったせふり幼稚園の1階部分が現在では神埼図書館の分館となっている。
常駐の司書さんは一人。土曜日の夕方の時間は司書さん以外に誰もいない。絵本が置いてある方の部屋でそれぞれが借りたい本を探す。平仮名はだいたい読めるようになったあきちゃんは椅子に座って静かに絵本を読んでいる。黙読ができるようになったんだなあと我が子の成長を静かに見守っているところだ。
誰も居ない小さな図書館で親子の読書タイムが楽しめるのは幸せなことだと思う。人の気配もなく静かな場所で本当に読書に集中できるのだ。
沢山の本があるわけではないけれど、その時に出逢う絵本たちを5冊ずつ借りて行かれるのは本当にわくわくする楽しい時間だ。読んでみたいと思った本をゆっくりと手にとって借りるかどうか決めるこの一連の作業はとてもぜいたくなことだと思う。都会に行くとたくさんの人や情報に疲れてしまう私だが、この図書館はそんな心配もなく私たちには丁度よい。
あきちゃんが借りたい本と私が彼女に読みきかせしてあげたい本で合計10冊。司書さんと返却日の確認をして図書館を後にする。

今夜も蛍

今夜もちらほらと蛍が飛んでいた。
家の前の小川や近所の庭先に光る灯。小さいながらもふわっと最大限に光る瞬間の灯は息を呑むほどに美しい。光を放つ時も飛ぶ時も無音の蛍と周りの虫たちの大合唱のコントラストが丁度よく溶け合って夏の夜を楽しませてもらっている。時折涼しい風が吹いてくる。
5月の下旬から毎晩のようにあきちゃんと寝る前の短い散歩を楽しんでいる。だいたい布団に入る準備を全部済ませてから蛍たちに会いに行く。毎日見ていても飽きない蛍たち。心が静かになる。
玄関の扉を開けたら蛍が居るという安心感からなのか、あきちゃんは捕まえてしばらく自分の手の中に持っていても家に入る前にはまた放している。「おやすみ。また明日ね。」
もうしばらく蛍との時間が楽しめそうだ。

雨の季節に詩を

だから 私は

 

大地は潤っている

紫陽花が見事だ

蟻の行列はどこまで続いているのだろうか

ねえ お隣さんが来られているよ

 

あなたとの時間は 果てしなく広がるけれど ほんの一瞬なのさ

 

猫があくびをしたね

これから どこに出かけていくのだろうね

猫のあしあとを いつの間にか追っている

あなたも 私も

こんな時間が愛おしくて ことばを発することをつい 忘れてしまう

あなたは余韻を残して また いなくなる

 

ひとりになってしばらくすると ことばと戯れたくなる

あなたと見たもの 感じたものを もう一度思い出して

文字にする

今度は ちゃんと言葉にする

だから 私は

あなたに 手紙を書きたくなる

祖母の台所

こんにちは。今日も神埼は快晴です。八天山がはっきりと見えてその頂上の更に上を様々な形をした雲がゆったりと浮かんでいます。山際は凹凸部分まで緻密に書かれた線のようで眺めていたら時の経つのを忘れてしまいます。

みなさんはお元気にお過ごしですか。私の方は普段と変わらず鳥栖と神埼の往復生活を楽しんでいます。日常の中に英語を学ぶ時間をどうしたら作っていかれるか生徒さん達と試行錯誤しながら日々を暮らしています。
二週間前から始めた【英語の小説を1冊読み切る】という新しいクラスでは、日系アメリカ人Cynthia Kadohata の『Kira Kira』を読んでいます。毎回1章ずつ読んできてもらうことを毎回の課題としています。どうか挫けずに読み進めて下さいね。こちらのクラスについての詳細はまた別の機会に書くことといたします。

さて、本題に入りますね。今日は昨日行って来た祖母の家でのことを書きます。
私の祖母は今年の夏で92歳になります。夏の一番暑い時に生まれたので夏子さん。この夏子さん、今でも元気で台所にも立つことができています。祖母は私の叔父と二人で暮らしているのでその叔父さんが台所のこと、畑のことなど本当に何から何まで頼もしくサポートしてくれているのでこれまでの自分のリズムを崩さずに暮らせているのだと本当に叔父さんには頭が下がります。もちろん祖母は元来とても働き者なので日々の暮らしの中で沢山体を動かして自分で体力づくりをしていることも元気に過ごせる大きな理由なのだと思います。
この数年は私自身が引っ越しやら自分自身のことで精一杯で祖母の家はしばらくご無沙汰になっていましたが、ようやく去年の終わりごろから娘を連れて遊びに行くというリズムができてきました。母方のこの祖母とは一緒に住んでは居なかったけれど、頻繁に泊まりがけで遊びに行っていたので家族同然の存在でした。数え切れないほどの思い出がありますが、祖母との時間を象徴しているのはやはり台所です。泊まりに行くたびに祖母と一緒に買い物に行って夕飯の支度をする。これが祖母の家で繰り返しやってきたこと。今は、叔父さんが買い物に行ってくれますが、自分の畑から必要な野菜を採ってきたり調味料を揃えてくれたりと、やはり台所を取り仕切っているのは祖母のようです。
昨日は、叔父さんの好きなおかずでしかも祖母の畑の野菜が使えるものをと考えたメニューはコロッケ。分業制になった台所は新しいメンバーが加わり新たな活気が生まれてきたように感じました。もちろん新メンバーはあきちゃんです。叔父さんとあきちゃんが買い物に行っている間、祖母とジャガイモを茹でたりとコロッケの下準備をして待っていました。二人の帰宅後みんなで丸めて衣をつけてあっという間にコロッケの完成です。
祖母を囲んでみんなそれぞれができることを担当しながらの夕飯の支度は勢いがあって楽しい。家族の力を養ってくれる台所は時代が変わっても動き続けています。祖母の台所に立ちながらその場所の重みを感じていました。

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