運動会が終わって

今日は日中ずっと台風が居座っていて風が吹き荒れていました。
今日も娘の居ない休日となり家から一歩も出ずに過ごしました。

嵐が過ぎ去ってようやく玄関を開けたら満天の星が美しかったこと!
相変わらず静かな夜です。

昨日は娘の運動会に参加しました。保育園の行事がひとつ終わる度にそれぞれが最後なのだと感慨深くなります。
子どもの運動会はスポーツを楽しむというよりも彼らの成長を祝うことの方が大きいように思います。
あきちゃんの年少さんの頃の運動会を思い返してみると応援席から私の存在ばかりが気になっていたのですが、さすがに年長ともなると自分の出場する種目に対する熱意が強くなっていたり自分のチームの勝利を願って自分以外の子たちが出ている種目の時でも一生懸命応援している姿が見られました。
保護者のチーム対抗綱引きでは、自分のチームが負けてしまったことがとても悔しかった様子。顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を流していました。綱引きの結果で泣いていたのは彼女だけでした。おそらく運動会の前に私が「ママ綱引き頑張るからね!」と言っていたことをしっかり覚えていたからママのチームが負けたことが悲しくて悔しかったのだろうと思いました。あんなに一生懸命応援してくれた彼女の姿に目頭が熱くなりました。

今年は役員をしているので様々な行事の度に話し合いがあって当日までの準備で役員同士協力して物事を進めていく機会が多いのです。最初はぎこちなかったそれぞれの関係も同じ行事をこなしながら時間を共有することで少しずつ打ち解けてきていることを感じています。子どもたちを通して出会ったこの関係もなかなか良いものです。たとえこれが今だけの関係であったとしても今を一生懸命生きた証となり、娘の保育園時代の大切な思い出として私たちの一部になるのでしょうから。
脊振の人たちは素朴で温かいです。この保育園を選んで良かった。そう思う今日この頃です。

秋の休日

空気はめっきり涼しくなった。
半袖一枚では肌寒いと感じるようになってきた。
久しぶりに静かな土曜日を過ごしている。
午前中に保育園の運動会があった。終わってから私は片付けがあったのであきちゃんはそのまま私の両親と鳥栖に行って今夜は帰って来ない。
今頃はじーじとばーばを一人占めしてたっぷりと甘えていることだろう。私もこうしてジャーナルを書いたり普段やらない場所の掃除をしたりと自由な時間を過ごしている。お互いたまには離れて羽を伸ばす時間も必要だ。

家の中に居ても外に出ても鈴虫の鳴き声と微かに感じる風が柔らかく包みこんでくれる。

8月の最後の日に愛猫が12歳になった。そして今月でAutumn が3年目の秋を迎えた。しかも明後日はあきちゃん6歳の誕生日だ。身近な存在と自分の一部にもなっている教室に新たなページが開かれていくような時なのだ。
だからやっぱり秋は私にとって始まりの季節なのである。

教室を始めた最初の頃から2年以上続けて下さっている生徒さんが数名。最初の頃と変わらずに毎週笑顔を見せて下さる。本当に有難い存在である。
そしてその後に入って来られた方達もAutumn に新たな風を吹き込んで下さっている。間違いない。
週に10人を見る日も増えてきてそれぞれの生徒さんの満足度が気にかかることもあるけれど、お休みをせずに来て下さったみなさんに感謝をし1コマずつを出来るだけ丁寧に行っていけたらと思っている。
1対1で1コマ90分の大切な時間の積み重ね。忙しい日々の中に丁寧にひとつのことを味わう時間を作る。たとえ短い時間でも続けていくと大きな自分の支えとなってくれる。ある時ふとそう気付いてもらえたら本当にうれしい。
Autumn にできることはこれしかないように思う。
健康に気を付けてこれからもみなさんと歩んでいかれますように。

お盆休みとぶどう

立秋を過ぎても相変わらず残暑は厳しいですが、みなさんお元気にお過ごしですか。
自然界では着々と秋の準備が進められていて移りゆく風景の瞬間が愛おしいと感じる日々です。
栗の木を近所でよく見かけますが、いつの間にか緑のゲジゲジが堂々と姿を現していました。
毎日「暑いなあ。暑いなあ。」と、私たち人間が言っている間も自然界の植物や動物たちは淡々と前を向いて歩いていて次の季節の準備を整えているのです。

今日はお盆休みの初日。あきちゃんを連れて大牟田の祖母の家に行ってきました。先週92歳になった祖母は曾孫との時間をいつも楽しみにしてくれています。自宅用で作っている巨峰が食べ頃で今日は大きな段ボール2箱分も持ち帰って来ました。叔父と祖母の合作の巨峰。物心ついた頃から私はこの巨峰と毎夏を過ごしてきました。祖父がまだ生きていた頃は市場にも出すほどの量を作っていたので私たち親戚一同が揃って葡萄の収穫を手伝っていました。納屋に皆で集って箱詰め作業をしていた頃がとても懐かしく思い出されます。だから葡萄は私たち家族にとって特別な思い出が詰まっている果物なのです。
現在は祖母と叔父とで栽培できる量に縮小して自宅の裏にだけ作っています。今年も無事に収穫出来たことを一番喜んでいるのは祖母と亡くなった祖父なのだろうと思います。
家族のかたちは変わっても共に時を紡いだという記憶はそれぞれの心に刻み込まれているはずです。祖母が年をとってきたのでいつまでこの葡萄栽培を続けていかれるかわかりませんが、彼女の思いを大切にしていきたいと思ったお盆休みとなりました。

最後のチャンス

今月から新たに入会された生徒さんがいらっしゃいます。70歳になる女性、N さんです。
とても熱心に学ばれていてこちらも初心に帰ることができありがたいご縁をいただけました。勇気を出してAutumn のドアを叩いて下さったこと、本当に感謝しています。

7月のある日のこと、いつものようにレッスンをしていたら突然訪ねて来られた方がありました。
「近くに住んでいて前を通りかかったら看板が目に留まりました。私のような年の者でも学ぶことはできますか。」
日を改めて体験レッスンに来られた時にこの方の英語を学びたいという思いについて詳しく聞かせてもらえました。
若い時からずっと英語を学びたいという思いを持ち続けていて退職後の今、ようやくその時間が出来たと。だからこの方にとっては人生最後のチャンスなんだそうです。
少し大げさな表現かもしれませんが、この方は生きる為の精神的な糧として英語の学習を選ばれたのだと強く感じました。
学びというものは主体的・自主的に成されてこそ体の奥底から湧きあがってくるような喜び、そしてそれに伴う苦しみをも同時に身体に刻み込ませることができるのだと思います。地道に継続してこそ楽しい語学の学習は、この喜びと苦しみを知っている者は自分を信じて続けていかれるはずです。
楽しいことだけではない。苦しいことだってあるんだよ。でも、続けてみたその先にはあなたにしかわからない発見が待っているはずです。
さあ、みなさん、明日からまた頑張っていきましょう!準備は良いですか。

夏空への賛歌

夏の朝

 

朝早く目が覚める
五時

玄関を開けて外を眺める 今朝はとりわけ朝焼けが美しい
南西の澄んだ空に小さな雲たちが浮遊している その中に混じって幾すじかの紅い光の存在を見つける
真夏の太陽が織りなす自然美

蝉たちが泣き始める前の限られた時間 密やかに雲と鳥たちを交えながら談笑している
西の空には月もいる
早朝の太陽と月
大空の中で屈託のない笑顔を浮かべながら 仲睦まじく話してる
今ここに互いが在ることがうれしくて うれしくて

農夫たちは畑で草むしり
雑草の勢いは留まることを知らない

夏の第二章 ここに始まる

自宅で美術館

昨年この家に引っ越してきた時から玄関に網戸を取り付けてもらえたらと思っていた。ここが網戸になったらきっと家じゅう風が通るようになって心地よいだろうなあ。
そう思って最終的に良い方が見つかった。生徒さんから紹介してもらった大工さんだ。大和町から来て下さった。
木枠を取り付けてもらった後に我が家の玄関ドアに合わせたものが完成。
昼間家に居る時はドアを全開にして網戸からの風を楽しんでいる。しかも、風だけでなく目の前の八天山も眺められるのだ。
英語で網戸のことをA Screen Door という。こう聞くと網戸の外側の景色が自ずとイメージされる。我が家の網戸はこの英訳の方が日本語で網戸というよりもしっくりくる。約1メートル×2メートルの木枠の向こう側に山の一部がすっぽりと収まっている状態。山陰にある足立美術館のようだ(笑)。
ここに座って珈琲でも飲んでみようか。
早速あきちゃんも玄関に座って山の風景をスケッチブックに描いていた。これからお山の絵も増えていきそうだ。

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