手を放して

こんばんは。
外は嵐です。今日は台風の為レッスンをお休みにしてあきちゃんと一日じゅう家の中で過ごしました。
お絵描き、ブロック、折り紙、替え歌しりとりなどをしてあっという間に一日が過ぎました。私だけが昼寝をして(最近はいつもこうなります。)あきちゃんは眠らずに画用紙にずっと何か描いていたようです。昼寝をせずに休むことなく動き続けていたので夜はすぐに寝てしまいました。彼女は常に五感をフル稼働しながら120パーセントの力で大地を踏みしめて生きています。

7月1日の日曜日のこと。この日は朝から快晴で蝉が鳴き始めたとても暑い一日でした。
なんとあきちゃんがこの日から補助輪なしの自転車にほぼ一人で乗れるようになったのです。
練習を始めたきっかけは、お隣さんA さんの提案でした。我が家に遊びに来られた時に子ども用の自転車がA さんの目に留ったのです。
「あきちゃん、自転車は乗れるね?」
「......」黙って首を振るだけ。
「よし、じゃあ、明日から練習しよう!」
そう言われてA さんは次の日の夕方からコーチをしてくださったのです。
お互い夕方に用事がない時は少しでもあきちゃんの練習に付き合うことにしました。
蒸し暑い夕暮れ時で蚊がたくさん飛んでいました。それでもめげずにA さんはあきちゃんを励まし続けてくれました。
練習期間は1週間程でしたが、1日の日曜日から直線の30メートル位は一人で乗れるようになったのです。
最初はペダルに足を乗せることも怖がっていたのにみるみるうちに自信がついて最後は私に手を放すようにと頼むほどになりました。
「あきこさん、本日の最終試験合格です。また、来週次の段階にいけるようにがんばろうな。」
A さんの指導はこちらも傍で見ていて勉強になりました。少しでも前進できるように学習者の進み具合を見ながら寄り添っていく。そして、次の段階へと行けると判断した時はひとつ上の課題を与える。そんな具合に彼女の歩みに合わせて一歩ずつ階段を上ってくださったように見えました。
雨が上がったら、あきちゃんの体が覚えているうちに少しでも自転車に乗れる時間を見つけていきたいと思います。
A さん、いつもありがとう。

季節の花たち

アガパンサス、エキナセア、ミントいろいろ、それからベルガモット。先週は藤色系の色でまとめた季節の花たちを家の中に飾って楽しんだ。薄紫のベルガモットを見たのは初めて。忙しい合間に花たちを見ると気持ちが潤ってくる。
忙しくしている時こそ植物の存在は欠かせないと思う日々である。

あきちゃんが年長さんになって保育園の行事が増えレッスンと保育園の出事をどうにかやりくりしながら暮らしている。そんな時に限って車の調子が悪くなり車屋さんとのやりとりが増えた6月だった。
人生は物語だ。
そう思ってずっと生きてきた。自分で人生という物語を作ってその中に生きる。
でも、長らく自分の中にあったその考えが少しずつ変わってきているようだ。
人生はゲームだ。
むしろ最近はこう思った方がしっくりくるのだ。与えられた日常、そしてその中で出会う人々。自分で選ぶというよりも既に誰かが準備しているシナリオがあってそれを立ち止まることなく読み進めていくといった具合だ。自分で紡ぎ出す物語は取捨選択ができるが、誰かが準備したシナリオのゲームはルールが決まっているし全てを受け入れることが当たり前の世界。ゴールに向かって突き進むしかない。
こんなふうに思うようになったのは、日々、時間の速度を速めて動かなければいけなくなったことが大きいのだろうし、あきちゃんとふたりでこの家に暮らすようになって思いがけない来客が増え自分の思いどおりの時間では動けなくなったことが大きいのだろう。ゆっくりと丁寧に自分の計画を進めていくといった具合にはできないけれども、色々な人たちと様々な場面で混じり合って暮らしている今の自分の暮らしもなかなか気に入っている。

先月からAutumn の教室に収穫したラベンダーを干している。今年も元気に咲いてくれた。毎年恒例になったラベンダーの匂い袋作り。生徒さんと友達にあげようと、できる個数分作っているところだ。
自分の暮らしの中で変わったことと変わらないこと。そのどちらも愛おしい。
ラベンダーの時間は、ゲーム盤では1回休みとなっているマスかな。

孫の顔と娘の顔

あきちゃん、5歳。小さいながらも神埼の家で過ごす時と鳥栖のばーばの家で過ごす時の顔が違います。
ばーばの家に行く火曜日と金曜日の夜はばーばに甘えて「遊ぼう」コールが鳴りっぱなし。食事をすることよりも遊ぶことの方が大事で少しだけしか夕飯を食べません。私が家庭教師をして帰ってくるまでお絵描き、折り紙、そしてテレビの歌番組を見ながら歌手になりきったりしているようです。一方、神埼の自宅で過ごす時はママの助手として沢山のお手伝いをやってあげなければ!という彼女なりの強い意志が感じられます。今日は保育園から帰ってすぐに玄関横の花壇を整えました。20センチほど伸びたヒマワリの苗を地植えしてそのあとにユリの鉢を地植えする土の準備をしたところです。二人で一緒に土をほぐして水をたっぷりと与えました。おかげで玄関前の小さな花園がだいぶ賑やかになってきました。
そして庭仕事の後は夕飯の支度の手伝いです。もちろん全部というわけにはいきませんし、私の方も全部一緒に作っていたら時間がかかり過ぎてしまうので、メインのおかずのハイライト部分を彼女に手伝ってもらうことが多いのです。今晩の献立は、トマトとアスパラのサラダ、じゃがいものポタージュスープ、メインは一口サイズの豚カツでした。豚肉を衣をつける前の段階まで準備をしておき、その後はあきちゃんが帰ってから一緒に作りました。台所に入ってくる前にエプロンと三角巾をしっかりと身に着けており今夜は気合の入り方がいつも以上でした。彼女がパン粉を付ける係を担当。
「豚肉さんにふかふかのベットを作ってあげてね。」
「はーい。できましたよ~。パタパタトントンしますね~。」
こんなやりとりをしながら小さなお手伝いさんと初めてこの家で豚カツを作りました。ちょっとおめでたい気持ちになりました。
この小さな助手は味見が大好きなようです。好物のじゃがいものポタージュをたっぷりと小皿に注いで味見を楽しんでいました。
今夜は夕飯の前にたくさん働いたせいかお風呂を済ませてから私の知らぬ間に押入れの中で寝入っていました。
お手伝いありがとう!
助手の顔、娘の顔、そして孫の顔。様々な顔を持つあきちゃんですが、どこに居ても全身のアンテナをピーンと張って相手のことをしっかりと観察しています。彼女の持つエネルギーのおかげで私は生かされているなあとしみじみと思う日々です。

新クラス:Kira-Kira

先月からCynthia Kadohata のKira-Kira という小説を読むクラスを始めました。
このクラスの一人目は、英語を学ぶことがお好きなY さん。私がうきはに住んでいる時からお世話になっている整体師さんです。産後、子育てに目を回していた頃、自分自身の体の調子がとても悪く友人に勧められて以来ずっと体の歪みを整えてもらっています。昨年の引っ越しの前後はしばらくお休みしましたが、久しぶりに神埼で整体を施してもらった後の体の爽快感がたまらなく心地よく、トランポリンで空中高く飛んでいるような気持ちになりました。あの時の感動がずっと残っていて今でもお願いしています。そのY さんは、どちらかというと寡黙な方ですが、読書や音楽・美術鑑賞などはとてもお好きなようでそんな話をされる時目が輝き始めるのです。まさにY さんの顔が小説のタイトルと同じようにきらきらと輝く瞬間です。

さて、そんなY さんと1レッスンで1章ずつ原文を読み進むクラスが楽しくなってきたところ。今日がその3回目のレッスンの日でした。3章は長くて全部の解説が終わらず、、、全部の章をしっかりと読んでこられたY さんは「もやもやが残ります。」と言われながら、今日は帰って行かれました。ご自分で読まれた時の解釈と実際の話が微妙に違っていたり、読み進めている途中で話の流れが分からなくなったりされるそうで一緒に物語を解読していくことが楽しいとおっしゃっていました。私も今日は時計を見て2時間も経っていたことに驚きました。どっぷりと物語の世界に浸っていたら時間を忘れてしまったのです。次回まで2週間ほど開きますが、3章の残りは次回のレッスンに回します。

では、この話がどんな内容なのか。
これまでのあらすじを簡単に書いてみました。
アメリカの中西部アイオワ州にある日本人のコミュニティに住んでいたTakeshima Family。物静かで忍耐強いお父さんと小柄で繊細なお母さん、そしてその二人の子どもたち、Lynn とKatie姉妹。時代は1950年代。両親が営んでいた小さな日本食材を売る商店がうまくいかなくなり、Takeshima Family は南部ジョージア州に引っ越すことになりました。Takeshima の両親がジョージア州に住んでいるKatsuhisa 伯父さんが経営している養鶏場で仕事を世話してもらうことになったからです。見渡す限りトウモロコシ畑が広がっているアイオワでの暮らしを諦めて生活のためにTakeshima Family はジョージアへと向かいます。両親の運転する車と伯父さんのトラック2台で彼らの大移動が始まります。
利発で勇敢、そしてチェスが強い姉のLynn。彼女は妹のKatie に人生で大切なことを色々と教えてくれます。タイトルにもなっているKira Kira という日本語。これを教えてくれたのもLynn です。Katie が小さい頃、きらきらと輝く星空を指して何度も「あれがきらきらだよ。きらきらと言ってごらん。」とLynn は教えてくれました。姉のおかげでKatie はKira-Kiraという言葉が大好きになります。
光り輝くもののもつイメージやその具体的なものは人によって違いますが、読みながら自分にとってのKira-Kira とは何だろうと考えてみたり、この物語を通してKira-Kiraと前向きに生きていくためのものの観方をこの物語は教えてくれる予感がします。(私もまだ4章の途中までしか読んでいません。)

このクラスの第一の目的は、英文を読むこととその物語の世界観を味わってもらうということです。
一人だと途中で挫けてしまうかもしれない英文の読書。これを読破した時の達成感は何にも代えがたいものがあるはずです。
共に頑張っていきましょう。

*このクラスに興味をお持ちの方は、ご連絡ください。1回3,000円で行っています。こちらは、グループレッスンでも対応可能です。(本代が別にかかります。)どうぞよろしくお願いします。

土曜日の楽しみ

「今日は図書館に行こうね。」
あきちゃんと図書館に行く約束をして土曜日も彼女を保育園に預ける。夕方の5時前に脊振まで上ってお迎えに行った後、最近は近くの脊振図書館に寄ることが増えてきた。脊振2000年館という名前のこの建物はもともと幼稚園だったところ。子どもの数が少なくなり廃園となったせふり幼稚園の1階部分が現在では神埼図書館の分館となっている。
常駐の司書さんは一人。土曜日の夕方の時間は司書さん以外に誰もいない。絵本が置いてある方の部屋でそれぞれが借りたい本を探す。平仮名はだいたい読めるようになったあきちゃんは椅子に座って静かに絵本を読んでいる。黙読ができるようになったんだなあと我が子の成長を静かに見守っているところだ。
誰も居ない小さな図書館で親子の読書タイムが楽しめるのは幸せなことだと思う。人の気配もなく静かな場所で本当に読書に集中できるのだ。
沢山の本があるわけではないけれど、その時に出逢う絵本たちを5冊ずつ借りて行かれるのは本当にわくわくする楽しい時間だ。読んでみたいと思った本をゆっくりと手にとって借りるかどうか決めるこの一連の作業はとてもぜいたくなことだと思う。都会に行くとたくさんの人や情報に疲れてしまう私だが、この図書館はそんな心配もなく私たちには丁度よい。
あきちゃんが借りたい本と私が彼女に読みきかせしてあげたい本で合計10冊。司書さんと返却日の確認をして図書館を後にする。

今夜も蛍

今夜もちらほらと蛍が飛んでいた。
家の前の小川や近所の庭先に光る灯。小さいながらもふわっと最大限に光る瞬間の灯は息を呑むほどに美しい。光を放つ時も飛ぶ時も無音の蛍と周りの虫たちの大合唱のコントラストが丁度よく溶け合って夏の夜を楽しませてもらっている。時折涼しい風が吹いてくる。
5月の下旬から毎晩のようにあきちゃんと寝る前の短い散歩を楽しんでいる。だいたい布団に入る準備を全部済ませてから蛍たちに会いに行く。毎日見ていても飽きない蛍たち。心が静かになる。
玄関の扉を開けたら蛍が居るという安心感からなのか、あきちゃんは捕まえてしばらく自分の手の中に持っていても家に入る前にはまた放している。「おやすみ。また明日ね。」
もうしばらく蛍との時間が楽しめそうだ。

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