木蓮

こんばんは。

昨日は、娘と二人で久しぶりにゆっくりと休日の公園を楽しんできました。近所にある市民公園で市民文化会館や体育館などの施設も隣接しています。近所のご主人が土筆の生える場所を教えて下さったので今回は、土筆を採りに行くという目的でした。

川沿いを歩きながら娘は得意げにこう言っていました。「まま ちくし じゃなくて つくし だよ。」と。何度もそう言っていました。

随分お姉さんになったものだなあとしみじみと娘の成長を感じました。歩きながらずっと何かおしゃべりをしている娘。その彼女の話を聞きながら公園の奥まで歩きました。広い芝生の広場では木蓮の花たちが出迎えてくれました。この花を見ていると一年前の木蓮の季節を思いだすことができます。

あの頃はうきはに住んでいて子育てにどっぶりと浸かった日々でした。娘と一日じゅう一緒で今よりももっと狭い世界で暮らしていました。とても懐かしいです。娘は炒飯が好物なのでそれをお弁当箱に詰めて友人の家で食べたりもしました。懐かしいです。

昨日、偶然でしょうが、眠る前に娘が言ったことが重なりました。

「まま また ちゃーはんを作ってたべようね。オレンジのお弁当箱に詰めてぬくもり広場にもっていこう。」

ぬくもり広場というのはうきは図書館にある3階のプレールームのことです。このプレールームのロビーで飲食ができ、オレンジ色のお弁当箱にチャーハンを詰めて二人で食べていたからです。

近いうち二人でうきはに行ってみようと思います。

独自のペースで

数日前、朝ごはんを食べながら娘がつぶやくように言いました。

「ママ お花が枯れてるよ またお花買ったら?」

......

数週間ずっと同じ花を飾り続けていました。外に置いていることもあってお花が長持ちしてくれていたからでした。

けれども良く見てみたら、中には元気のないお花もあったので、娘には寂しく思えたのでしょうか。

久しぶりにボアさんにお花を買いに行くことにしました。

このお花屋さんは行く度にお花のディスプレイが変わっています。それらには、店主のさちこさんの心の風景が反映されているのでしょうか。斬新で現実世界から離れた芸術的なお花の展示室のようです。お店に近づいていくその瞬間から彼女の芸術世界を体感することができます。昨日は紫のお花たちをメインに並べてあり、丈も足元に近い短めのものが多かったです。

クレマチス、ナルトユリ、セダムをそれぞれ一本ずつ買いました。クレマチスの品種はインスピレーションだとか。珍しい色や品種のお花たちが多いので、買うお花の名前をさちこさんにインタビューするのもここでお花を買う楽しみのひとつとなっています。

家に帰って早速飾りました。前に活けていた雪柳が満開になっています。これは、昨年の12月頃に買ったものです。この冬の間中外のテラスのところで静かに存在していました。ようやく開花の時を迎えたのです。

買ってきて数日だけで終わってしまうのではなく、ボアさんのお花たちはそれぞれが独特のペースで開花時期を楽しませてくれるのです。とても長く楽しめるもの達が多いです。

お花を飾ることで新たな気持ちになれますね。さちこさん、いつもありがとう。

ある日の娘との会話(春のうた:2)

涙はりんご味

まま あっこちゃん なみだがでたけん なめたとよ

そう どんなあじがしたと?

あのね りんごあじやった

それは いいね りんごあじのなみだ ままもなめてみたい

あのね なけば なめられるとよ
いーーーっぱい いーーーっぱい なけば なめられるとよ

じゃあ まま いーーーっぱい ないてみようかな

うん そうよ いーーーっぱい なけばいいとよ

ブルーベリーの開花と共に

ここ数日の暖かさで一気に開花したお花たち。キャンバスに次々と色が加わっていくかのようにとても華やいだ風景となってきました。

近所のお宅のさくらんぼの木、花が満開になりました。また、我が家のブルーベリーの花も膨らみ始めたところです。声を発するわけではないから存在だけでその変化を知らせてくる。静けさの中での変化だからか突然な感じがするけれども、彼らからするとこの冬の間じゅうずっと準備をしてきたので彼らの音のない声を聴けていたのかどうか。ふと我に返りました。

我が家のブルーベリーの木は、まだ小さく、30センチほど。昨年の夏、田主丸の友人がくれました。定植してから迎える最初の春。昨年の夏に虫がたくさん葉について一時はだめになるかと思いましたが、ここまで成長してくれたことがとてもうれしく感謝の気持ちで一杯です。実はそのブルーベリーの友人、昨日うきはの友人と我が家に遊びに来てくれたのでした。ブルーベリーの開花のタイミングと重なり、偶然でした。三人で食事をした後、朝日山公園の展望台に上りそれぞれの心地よい暮らし方について話してきたところです。

この二人は私の家族のような存在。娘も含めて共に時間を過ごすことがしばしば。四人で居るとみなが緩んで良い具合にリラックスできるのです。こんな新しい家族の形もあるのではないかと彼らと過ごすと毎回しあわせな気持ちになります。

二人とも忙しい合間を縫って来てくれて本当にありがとう!

春の美しいものたち

台所にぺんぺん草を飾っています。夕方、摘んだものです。お花屋さんで買う綺麗なお花も良いけど、たまに季節の草花が恋しくなります。その辺に生えている雑草が良いのです。ありのままの姿で懸命に咲いている様子がとてもひたむきに映るのです。その上、道端で見つけた草花を摘んで持ち帰ると、その植物たちの生えていた場所の風景も一緒に摘み取ることができると思います。記憶の断片の中に草花とその瞬間の光景が一気に凝縮されるのです。

娘と一緒にかけっこをしながらの保育園の帰り道、道路脇の植木の側で見つけたぺんぺん草。ハートの形に似た葉を風に揺らしながら生き生きと立っていた姿。春の眩しい日差しの下、とても逞しく見えました。綺麗というよりも、“美しい”というべきなのでしょう。昔から変わらずに存在していて大地に根ざしたもののことを人は“美しい”と表現したくなるのかもしれません。

季節の植物たちのあらゆる香りが入り混じった複雑でどこか甘い香りと共に私の春の記憶が膨らみ始めたところです。

ありがとう、テル鬼

小さな子どもがいて仕事を続けて行かれるのは、周りの協力があってこそだと思う日々です。

昨日はテルオさんにお世話になりました。娘の子守をしていただいたのです。

テルオさんというのは近所に住んでいる私の妹の旦那さん。私よりも10歳くらい年上なのですが、私のことを「お義姉さん」と言っていつも笑顔で見守ってくれる義理の弟さんです。英語教室のちょっとしたお手伝いもしてもらっています。

テルオさんには、はるちゃんという2歳の娘がいます。秋子と半年違いの従妹です。昨日はお昼前から夕方まで二人を見てくれたのでした。(私の妹は仕事でした。)おにぎりを持って基山の公園でたっぷりと遊んだ後、テルオさん家で三人でお昼寝をしていたそうです。秋子の方もすっかり気を許しているおじさんなのでしょうね。安心してお昼寝までできたのですから。

秋子が留守の間、仕事と家事ができました。同居している私の母もそれは同じでした。

先月の節分の日の夜、我が家に赤鬼が来ました。全身真っ赤な鬼の襲来に大人も驚きと若干の恐怖を隠せませんでした。その位迫力があったのです。

あの時の赤鬼は、このやさしいテルオさんだったのです。テルオさんは、保育園で働いているので昼間のコスチューム姿で突然我が家に登場してくれたのでした。あの時の秋子とはるちゃんの大泣きしていた顔がとても可愛らしかった。最近、あの鬼の正体が子どもたちにバレてしまって、秋子は「テルおに」と呼んでいます(笑)。

本当にお世話になりました。ありがとう、テルおにさん。

Top