微かな秋を

みなさん、こんにちは。

お盆頃からだいぶ涼しくなってきましたね。
風が少しずつ乾いてきているのを感じます。この微細な変化を感じる瞬間が日常の中にあるとそれだけでうれしくなります。

我が家の花壇も少しだけ次の季節に向けておめかし中。夏の初めごろに植えたシュウメイギクの蕾が膨らんできていました。
また、秋が近づいてきています。この季節、大地は豊かに実りの時を迎えますね。

Autumn の夏は、高校二年生の生徒さんを見ながら涼しい部屋で仮定法と比較の文法をおさらいしていたところです。この夏だけ来てくださったYちゃんが、苦手な文法項目を減らしてもらえたらと受けさせてもらった補修レッスンでした。文法の復習に加えてこれからも、わからない単語が出て来たら貪欲に辞書を引くようにと繰り返し話したところです。

引っ越しですが、いよいよ明後日となりました。お盆前から色々な人たちに手伝ってもらいながら神埼の家を整えているところです。一人で片づけていると本を読んだりしながらになってしまい、なかなか終わりませんが、誰かが居ておしゃべりをしながら進めていくと一人の片付けの何倍も進むのです。本当にありがたかったなあとお手伝いに来てくださった皆さんとの時間を思い出していたところです。
沢山のみなさん、本当にお世話になりました。

あともう少し、頑張ります。

星空を眺めながら

さて、今夜は星でも見てみるか。
そんな気持ちになった。

理由は、あきちゃんが居なくて手持ちぶさたな夜を過ごしているからだ。
あきちゃんはというと、今夜は保育園に泊まっている。かまきり組(年中組さん)の合宿なのだ。あきちゃんがママと離れて夜を過ごすのは生まれて初めてのこと。

私は、星空を眺めながら思った。
母親になる前、晴れている時はたいてい夜空を眺めていたものだったと。
そんなこともいつの間にかすっかり忘れていた。
少し前までの自分のことも感覚的に忘れ去っていた。
母になる前のあの頃、自分は何を思いながら星を眺めていたのだろうかと考えてみるがさっぱり思い出せない。

けれども今晩 久しぶりに遠くに光る星たちを眺めていたら
少し前の消え去ってしまったはずの時空の広がりが記憶の断片と重なり始めたのがわかった。

つい 最近のことである。
あきちゃんが私の膝の上に座って私の目を覗き込むようにしながら言った。
「ママの目にあっこちゃんがうつっているよ。じゃあ、あっこちゃんの目にはだれがうつっているでしょう。」
私は答えた。
「ママ。」

「ぴんぽーん、せいかい。」
そう言って二人でにっこりした。
あきちゃんの瞳には大きな星が輝いていた。

 

詩を:文月

ベルガモット礼賛

赤い大きな花
雨の中 緑の庭にひときわ目を惹くベルガモット

梅雨の間じゅう咲いていたこのベルガモットがとうとう枯れてしまった

けれども 今の私には“枯れる”という表現がしっくりと来なかった

素足のまま なりふり構わず 髪を振り乱して走り抜けた
雨の中でも 勢いは変わらず踊り続けた
雨音というリズムに合わせて

ひとときもじっとはして居られず からだじゅうに稲妻が鳴り響いた
頭の中は冴えわたり 閃光が皮膚に浸み込んでいった

夏の雨 そして、ひとときの夢であった

しばらく降り続いた雨は一気に上がり 土壌は乾いた
昨夜までの情熱も雨に混じって土の中に溶け込んだ

そして
私はようやく腑に落ちた

ベルガモットは満ち足りた表情で笑っているのだった
すっかり乾いて ちりちりになっていたけれど
彼女は美しかった

私が顔を近づけると 先端が薄紅色の花びらを落としながらまた笑った

雨と太陽 そして乾いた土の匂いがした

かぼちゃのポタージュ

みなさん、こんばんは。台風3号は何事もなくいつの間にか過ぎ去っていきましたね。
けれども思いがけない台風騒動でいつもとは違う一日を過ごすことができました。

今日は、娘の通う保育園が家庭保育となったので昼間のレッスンを休講にさせてもらい、我が家で娘の他3人女の子たちを預かって夕方まで一緒に過ごしました。週末に娘を預かって下さるクラスメートのお母さんたちにお礼ができたらと私から今日は預かりますと連絡をしたのでした。
4歳児はもう友達同士で遊ぶので私はほとんど台所に立ってお昼ご飯の準備をしたり夕飯のスープを作っていました。祖母が作ったかぼちゃが沢山あったのでカボチャのポタージュスープを作ることに。フードプロセッサーにカボチャと玉ねぎが入ってピューレ状になるのを見ていた子どもたち。裏ごしをして鍋に再び入ってかき回す動作が彼らの興味を惹いたのかひとりの子が味見をしたいと言いました。普段は、スープにはほとんど興味を示さない我が子ですが、周りの子たちが美味しそうに味見を始めたので同じように味見隊に加わったのでした。みんなそれぞれに5~6回味見をしたことになります。子どもって味見が好きですね。あのわくわくした感じ、ちょこっとだけを試すというのが楽しいんでしょうね。結局お昼ご飯に焼いたお好み焼きとこのカボチャのポタージュが彼らのお昼ご飯となりました。みんなで味見を何度も試したがる姿がとても可愛いく印象に残っています。
保育園での生活を少しだけ切り取って垣間見ることができたように思います。沢山笑ってけんかもして思いっきり遊びました。あー楽しかった。はい、今日もめでたし めでたし。

Do we have to learn English?

一通り夜の台所仕事を終えてパソコンを開いたところです。
今日は朝から母が出かけているので私が台所を任されています。朝起きて早々台所の流しの上に何やらメモが貼られていました。
赤い文字で
“ワカメ ネギ キャベツ”と書いてあり、ネギとキャベツに関しては“カット”と隣に大きく書かれてありました。“ネギ”の文字の上には青い二重線が引かれています。
この不思議なメモ、我が家では日ごろ当たり前に見るものなのですが、この記事を初めて読まれている方のために説明を加えておきます。
これは、私の父が書いたもの。父は毎朝、そして毎食後に食べるものをきっちりと決めています。メモに書いてある“ワカメ、ネギ”は、味噌汁用。キャベツは朝食のサラダ用。こちらは千切りです。だから“カット”と説明が加えられているのです。“ネギ”の上の二重線は、“済みました”を意味します。母が出かける前にネギのみじん切りは済ませてくれたのでしょう。
その日の台所を任されたものは、皿洗いや炊飯以外にもこの父の要望書対応の責任を負わなければなりません。
明日のお米を研いでよし終わったぞと思ったらこのメモが私を呼んでいました。
「おぬし、味噌汁用のワカメを忘れておるぞ。」
このメモ、しっかり仕事をしていますね。感心してしまいました。
それにしても、ワカメを容器に入れながらその切り方が乱雑だなあと思いました。けれども任務が全て終わることの喜びの方が大きく仕事の完成度の低さはあまり気にしていません。
そんな自分の父の要望書に対しての対応というか取り組み方というか、それにしっかりと心を込めていない自分の気持ち、これについて考えてみました。
明日の朝までに味噌汁用のワカメを準備していなければならない。ワカメを水に浸して洗って切る。この一連の動作一つのことかもしれませんが、自分でやろうと決めてやるのと“こうしなさい!こうしなければならない!”そんな風に誰かにさせられている気持ちになると楽しい気持ちはなくなってしまいますよね。当たり前ですが。
実は、昨日のレッスン中に
“Do we have to learn English?”(わたしたちは英語を勉強しなければなりませんか。)という質問が教科書の問題に出てきたので生徒さんとこのことについて話してみました。have to ~ というのはおなじみの助動詞で動詞の前にこのhave to をくっつけると「~しなければならない」というニュアンスが加わります。英語を学ぶ理由は人それぞれかもしれません。資格取得やビジネスで使用する人などは、確かにhave to learn English. というのかもしれません。また話は私の父の要望書に戻りますが(笑)、私のようにワカメの準備をしているものなどにも、have to がぴったりの状況です。やらねばならない!という切迫感が加わるからです。けれども、Autumn に毎週来られている大半の生徒さんにとってhave to というニュアンスはしっくりきません。みなさん学ぶ楽しさを大切にされたい方たちですから。
学ぶ過程の中で思うように単語が頭に入らなかったりで苦しみを体感されている方もいらっしゃるようです。その状況が長く続くといつの間にか学習者の気持ちは、have to になってしまいますね。先週Tさんがまさにそうで伸び悩む時期の自分自身の英語力にため息ばかりついておられました。私もT さんが少しでも前向きな気持ちになってもらえたらと思いますが、ここはどうかひとつ諦めないで続けてみてください。そんな時は、文法の教科書は閉じたって構いません。いつも聴いているニュースやラジオ番組、好きな映画など英語を聴くということだけやる。あれこれやってみる中で自分のこれだけは!という英語に触れる時間を作ってそれをしばらく続けてみてください。継続していく中で見えてくるものはきっとあります。
生徒さんがhave to という気持ちからではなく、I learn English every day, which is fun. (私は毎日英語の勉強をしています。これが楽しいですよ。)と、英語を学ぶことが生活の一部になるくらいとても身近なものになってもらえたらと願っているところです。

夏の引っ越し

雨が大降りになる前にいつものように神埼まで水汲みに行ってきたところです。
水汲み場の岩場にひき蛙一匹。久しぶりの雨で潤った空気、そして匂いを静かに全身で受け止めていました。

さて、今日は何からお話ししましょうか。
まずは、みなさんに一つご報告があります。

8月に今の自宅から神埼に引っ越すことにしました。
今回の引っ越しはとても不思議なご縁のような気がしています。冒頭にも書いたように直接のきっかけは、神埼の仁比山神社でした。一年ほど前に美味しい水を求めていた時、偶然この神社を見つけてそのお社の裏側に水が汲める場所を発見したのです。それから一年以上通うようになりこの辺りの空気や景色が気に入り先月この辺りで住めないものかと神社周辺の集落を歩いてみました。すると、1件貸家の看板が立っているではありませんか。これはまたとない好機だと感じ、すぐに看板に出ている不動産屋さんに連絡を取って内覧をさせてもらいました。最初は、実家を離れての初めての娘との二人暮らしに不安な気持ちもありましたが、それ以上に自分たちの住みたい場所での新たな生活への喜びの方が大きく思い切ってその物件を借りることにしたのです。仁比山神社に祀られているお猿さん達に手招きして呼び寄せられたようなとてもありがたい気持ちです。
そういうわけで、最近はうきはの友人の家に色々な家財道具をもらいに行っています。先月は、前に住まわれていたお家を解体されるという友人のところから声をかけていただき、昭和30年頃の食器棚や卓袱台などをいただいてきたところです。そして今月に入ってからは、また別の友人のところから電化製品や食器類などをいただいてきました。彼らは今月末に関東に引っ越すことになっており引っ越しの片付けも兼ねてお手伝いに行ってきたところです。関東に移ってしまうとしばらくは会えないだろうからとても貴重な数日間をその友人と過ごすことができました。
これら大きな家財道具たちを8月までどこに保管しておくか考えたところ、名案が浮かびました。二年前まで住んでいた吉井の家の物置が空いていたのです。今の家主さんは、元のお隣さんになっているのでお願いして引っ越しの直前まで置かせてもらうことになりました。吉井の元の家もしばらく空き家の状態が続いていましたが、よく知っているお隣さんに住んでもらえることになり本当に良かったと思います。そのお隣さんは大家族なので、空っぽだった家が一気に賑やかになっていました。昨日は、新たな時間の流れを感じて帰ってきたところです。
うきはのみなさん、本当にありがとうございました。

Autumn の教室はこれからも引き続き鳥栖で行います。どうぞよろしくお願いします。

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